わたしは外に出てみる事にした。

体が少し汗ばんでいたから、
涼しい風に当たってこよう、と思った。

お母さんを起こさないように、
物音をたてないで、静かに玄関の方に行く。

ローファーを足に突っ掛けて、
ゆっくりとドアに手をかけた。


キィーーー
っという軋む音がしてしまった。

でも、お母さんが起きるという事はなかった。

わたしの家は、都営団地の9階にあった。
だから、ある程度、眺めがいい。


高級な高層ビル…………とまではいかないけれど、
住宅街の町並みがよく見える。


水色の空に、
真っ白に輝いている月が見える。


早朝の空模様は、
まるで、絵の具を塗ったかのような景色である。


小鳥たちの鳴き声が聞こえる。
すぐ近くを走る電車の音が聞こえる。

ごみ収集車の音や
ジョギングしている人のくしゃみの音まで

ハッキリと、
この9階にいるわたしの耳にまで届く。


いつからここにいるだろうか。


わたしの両親は、
わたしが小学4年生の時に離婚した。


離婚の理由は教えてくれなかった。
けれども、何となく、分かるような気がする。

本当にささやかに、心に響いている。

わたしのお父さんは、
芸術家だった。


世界的な…………とまではいかないけれど。
そこそこ有名な芸術家。


名前は「津島然(つしま ぜん)」

今、わたしの名前は「津島雪(つしまゆき)」
つまり、名前は変わっていないということだ。


両親が離婚したからといって
べつに親子そろって、名前を変える必要なんてない。

母親と、
その子供の苗字が同じなら


名前は、昔と同じままでもいいのだ。
戸籍上でも、そうなっている。


わたしは、
今でもお父さんの事を尊敬しているから

それは嬉しかった。


イラストについて、
たくさん教えてくれた。


具象画と
抽象画との違いについて。


一転透視図法と
二点透視図法について




そして、芸術とは何か、について。





お父さん曰く


芸術とは


人間の命、そのものだということ。


たとえ、その人が、
どのような人生を歩んだとしても



腐った世界で、
ゴミみたいな人間たちと暮らそうと



命に宿った、
芸術の輝きだけは薄れない。




永遠に。