『内臓の道。血祭と喝采。残虐と生と死の境界線について
その素晴らしき宗教観。つまり秋晴れの内臓』



おかしなタイトルだと思った。

この題名では、どんな内容なのか分からない。

けど彼はこういう作品が好きだった。

のめり込む。

文字を読むだけで意識の内側に世界が広がる。



第一章『世界の創世について』  
青柳禅(著作)

例えば今、キミは本を置いて、

周りの景色を眺める。

風の音を聞いて、匂いを嗅ぐ。

この時に、

我々はイッタイどこで

この世界を感じとる事ができるのか。

不思議に思う事がある。

世界とは何なのか、

人間の意識とは何であるのか。

こういった摩訶不思議に対して結論を下すことは容易ではない。

容易ではないが、全くできないということは無い。

少なくとも結論とか回答とかに最も近いところまで到達できるはずである。

難しい事ではない。

むしろありきたりな問題だ。

幼少期、保育園で遊んでいる時にふと、

「あれ? この世界っていったい何なんだろう。なんでコンナ世界が実在できるのだろうか」

という疑問を持ったことはあるか。

それの延長線上の他愛のない問い。

この稚拙な疑問に対して導かれる答えというのが

「大人になれば分かるよ」

であるならば、


大人というのは最も愚かな世界に生きている。
そう私は思うのだ。

 
無垢な瞳であどけなく質問する幼子。
彼らに対する冒涜だ。