(先生…!)


 私はまだその温もりが離れ切らないうちに先生の手の甲に自分の掌を重ね、もう一度その温もりを頬に戻す。


「南条…?」

「私!寂しくなるかもしれないし、生活のことも困ることもあるかもしれないけど大丈夫。怖い人には気を付ける。

 でも…

 先生のこと、私は忘れたりはしないよ?
 私には先生だけだよ!」


「……」


「それでももし先生が心配なら…」


 私は頬で重ねた手をきゅっと握り締めると、その掌にそっと口付けた。


「絶対離れないって…

 約束のキスをしよう…?」


「…南条!?」


 私は先生に微笑む。


 植物園の夢のように煌めく青の中で、先生の瞳が、唇が近付いて来た時のときめき。
 でも、先生と私は気持ちが通じ合っても、『教師と生徒』というどこか余所余所しい関係は解き放つことは出来なかった。


 だけど、これで一歩、私は先生のものに、先生は私のものになれるような気がした。


「先生は私に『俺を信じて、不安にならないでいて』と言って、約束の指環を着けてくれたでしょう?

 だから私も…ね?」

「……」


 先生の瞳が戸惑う。


「…嫌?」


 窺うように訊ねる私に


「そうじゃない」


と先生は言う。


「そうじゃない。けれど…

 南条を穢してしまうのが、怖い…」


「え…?」


 先生の瞳が少し照れたように瞬く。

 私は「ふふっ」と小さく微笑む。


「初めてじゃないよ?私」

「え…」

「先生私にキスしたでしょう?放課後の選択教室で」

「あ…あぁ…」


 清瀬くんと付き合っていた時、アルバム委員会の後の選択教室で先生にキスされた。

 あの時はあまりの急なことに驚いたし哀しかったけれど、今になってみれば大好きな人とのファーストキスだった。


「だから…ね?大丈夫」

「南条、あれは…!」


 微笑む私に先生が慌てて言う。


「あの時は…ごめん。
 お前の気持ちも全部無視で、俺の感情だけ押し付けて…

 あれは…無かったことに…」

「無かったことになんて出来ないよ。
 だって私には…

 大好きな人とのファーストキスだもん」


「南条…」


 先生は瞳を閉じて息を吐く。

 そしてもう一度瞳を開くと真っ直ぐ私を見つめた。