「どんだけの高給取りなんだ…」
窓の外には小さなパーティーでも開けそうなくらいのバルコニーがあった。
別の部屋からも同じように外に出られるようで、バルコニーは窓の枠より数倍横に広がっているらしかった。
「こんなところいつ使うんだ?」
そんなことを呟きながら窓に触れると、大きな窓はびっくりするほど滑らかにスライドして、広いバルコニーへと僕を導いた。
「な、滑らか」
裸足のまま、ぴたりと踏み出した。
その時だった。冷たいコンクリートのザラザラとした感触を確認した途端、視線の先に現れた人物の視線が、僕を化石のように静止させた。
その目は、バルコニーの柵に寄りかかっていた若い男のものだった。
漆黒の髪は目にかかるように無造作に、妖艶に流れ、薄い唇は薔薇のように真紅に染まっている。それが本当に人間なのか疑った。
美しい人形のような姿で、あまりに人間らしさがない。
僕は思わず息を吸うのを忘れていた。
その男の目が、あまりに真っ直ぐ僕を睨みつけていて、今自分は異世界にいるのではないかとさえ思った。
男の切れ長の目は鋭く僕を捉えたまま、何も言わずに口にワイングラスを運んだ。
なんなんだ、この人は。
…この人が僕を駅前で助けてくれた人、なんだよな?
目つきが少々きついとはいえ、恐怖とか萎縮とか、脅迫とかという言葉はその時の男の様子には似合わなかった。その男の本性がどうであれ、そんな言葉はその状況には似合わない。
この状況、この男の様相に似合う言葉を探したが、それはとても陳腐に聞こえる。しかし、それ以外に言葉が思いつかない。それでも
敢えて言葉を当てはめるなら、それは、
高貴であった。礼美であった。
「…」
そして、数秒、いや、数分間そのまま睨みつけた男は、ふっと視線を外した。
その視線の先には、ショートヘアの若い女がいた。別の部屋からもこのバルコニーに出られるのだろう。窓から顔を覗かせたその女は、真っ直ぐに男に駆け寄り、抱きついた、
僕はここにいてはいけないと思い、元いた部屋にそっと戻った。



