「…夏輝は?」



軽く自己嫌悪に陥っていると、桃李がうつむいたままボソリと呟いた。



「俺が?何?」

「夏輝は帰らないの?」

「………」



ったく、こいつは…。

さっきから同じ質問を延々と…。



「だから。俺は帰らないって言ってるだろ」

「………」



質問の答えをはっきり伝えると、うつむいたまま背を向けられる。

とぼとぼと歩いて自分のリュックを手に取る。



…とても、切ない背中だ。



本当は一緒に帰りてえよ。

ぶっちゃけ、一緒に帰ろ?なんて初めてだぞ。

『ったく、しょうがねえなぁー?』って言いながらも、心の中じゃ万々歳で一緒に帰るぞ。



出来ることなら、一緒にいたい。



「…桃李」



その背中に、手を伸ばす。

もう一度、今度は後ろから思いきり抱き締めてしまいたい。




「…ん?何?」




すると、急にヤツが振り返った。

なっ…!



「あっ…あの」



急に振り返ったので、伸ばした手を引っ込めることが出来ず。

ど、どうするんだ、この手!

桃李も、何食わぬ顔で急に振り返りやがって!



「………」

「わっ。何?」

行きどころが無くなったその伸ばしたままの手で、ヤツのピンクのどでかいリュックを奪い取る。

両方の肩紐を片方ずつ腕に通して、背負わせてやる。

「さあ。リュック背負わせてやったぞ。これでもう帰るんだ」

「え?…あ、うん」



何をやってるんだ俺は…。

伸ばした手の行きどころが無く、リュックをわざわざ奪って背負わせてやるとか。

幼稚園児のお母さんか。



桃李は首を傾げながらも「あ、ありがと…」と、ボソリと言う。

頭上にハテナマーク浮かんでるのが見える。

すまんな…。



「さあ早く帰れ。ここはやがて戦場になる。学校に戻ってくんなよ絶対に。危ないからな」

「う、うん…」

「絶対だぞ!わかってんのか?!おまえだったら俺の言ったこと忘れて戻って来かねないからな?!絶対に来んなよ!」

「わ、わ、わかったよぉー!」



そして、後ろから背中をグイグイと押して正面玄関口まで連れていく。



「そのまま真っ直ぐ帰れ!引き返すな!」

「は、はい」



靴を履き替えて正面玄関口を出る桃李を、見送りながら叫ぶ。



「…明日、朝行くから!球場、一緒に行くぞ!」

「う、うん!」



そう言うと、桃李は一人で急にウンウンと頷き出す。

どうした急に。

からくり人形か。おまえは。




…しかし、帰路についた桃李の姿が見えなくなった後。

先程の教室での自分のしたことをぞくぞくと思い返し。

恥ずかしくなって、頭が爆発寸前になるのは、間もなくのことである…。




何やってんだ俺は…。