「きゃっ!」
「…あ、ごめん!」
咲哉の振り向き様にぶつかったのは、桃李だった。
「あいたた…」と言いながら、左手で顔を、右手で胸を押さえている。
「ごめん神田!だ、大丈夫?」
「あ、あ、うん。す、す、すみません」
眼鏡は無事か!…と、思ったが、そういやこいつ、眼鏡はしていなかったんだ。
ったく。近いんだよ。距離感はないのか。距離感は!
「あ、あ、梶くん、日誌…」
桃李は、左の目元とこめかみの辺りを押さえたまま、辺りをキョロキョロとしている。
今の衝撃で、桃李が持っていた日誌は床の少し離れたところへ飛んでいってしまった。
「あ、あった」
咲哉と桃李、同時に日誌に手を伸ばす。
だが…。
「…あっ」
二人、同時に声をハモらせる。
(…何っ!)
床に落ちた日誌の上で。
桃李の右手の上には咲哉の右手が重なっている。
それだけならまだしも、咲哉のその右手は…なぜか重なった桃李の右手を握っているのだった。
桃李の手を…!
お、おまえ…!
そして、なぜか、咲哉は桃李の顔をじっと見つめている。
な、何だ?
何をやってるんだ…!
「…ひいぃぃっ!」
途端に悲鳴をあげる桃李。
握られた手をとっさに引っ込めていた。
急に挙動不審になり、顔を赤らめている。
「あ、あ、あのっ…日誌、お願いします…」
そう言って、その場を立ち、そこらに置いてあった自分の教科書とペンケースを持って、慌てて教室をあっという間に出ていった。
逃げるのは早い。さすがヘタレと呼ばれてるだけある…違うか。
取り残された、俺達三人。
沈黙してしまい、教室内は静寂していた。
気がつけば、教室には俺達三人しかいない。
「か、可愛い…照れちゃって…」
咲哉がボソッと呟いた。
桃李の出ていった出口の方を向いたまま。
…あぁ?
その呟きに、イラッとする。
「手…柔らかかったぁ…」
こっちを振り向き、だらしなくニヤけていた。
…何だと!
この…この野郎っ!
そして、自分の左の肘の辺りを撫でている。
「さっき、ぶつかった時、おっぱいに当たっちゃった…柔らかかったぁ…」
(………)
「も、儲けた…」
今、この瞬間。
俺の中で、何かがパーン!と弾けた。
それは、長年の経緯と最近の変化のギャップに応じきれていない、苦悩と。
自分の縄張りを侵されまくっていることに対する、怒り。
「…夏輝?」



