あたしの視線は、明良の足許へ。
革の大きなボストンバッグが、ジーンズの脚に寄り添っている。
いまは真っ黒にしか見えないけれど、明るいところでは青みを帯びた濃い灰色をしてる。
明良にはちょっと似合わない、大人っぽいそのバッグは、父さんが愛用してたものだって、じいさまに聞いたことがある。
「……どこへ行くのって、訊いちゃダメなんだよね」
「当然」
突き放すような冷たさじゃなくて。
『ポストはなんで赤いんでしょ?』的な質問をされたみたいな、軽い軽い素っ気なさ。
「やっぱりか」
あたしは、肩をすくめた。
「もう、会えない?」
「わからない」
「そうだね。あたしにも、わかんないもん」
一緒にいたい。
一緒にいれば、もっと、もっと。
あたしたちは欲張りで、その欲の刃はお互いを傷つける。
あたしはあたしを殺して、明良を守ろうとした。
結果として目の前の明良は、もっと深く傷ついた瞳をしてる。
だから、明良は決めたんだ。
全く跡形もなく、あたしの前から消えるって。
言葉にしなくたって、わかる。
あたしたちは、唯一無二なんだから。


