「悪い」


そこにまさかの言葉が聞こえてきた。
幻聴かと思った私は目を見開いた。

だが幻聴ではないようだ。
だって朝永さんが気まずそうに目を逸らし、申し訳なさそうな顔をしているから。
そんな顔を見たら何故かこっちが焦ってしまう。

「で、でも、無事ですし、朝永さんは、気にしないでっ!」

嗚咽混じりで両手と首を必死に振って気を遣う私。

すると何故か突然朝永さんがプッと笑って口元に手を当てた。
崩れた顔。
また目を見開く私。

「俺の事、腹立ってると思ってたから」

噴き出す顔も、自然な柔らかく崩れた顔も、初めて見た。

いつも冷えきった声しか聞いてなかったせいか、心臓が変に跳ねて。

どうしたら良いのか分からなくなって棒立ちしていたら、

「俺とここで出会って良かったな。外、大雨だぞ?傘すら持たずにバカだわ」

口の端を上げて、私を見ながら朝永さんが近付いてくる。