「つぐみ、帰ろ」


私は目を丸くするしかない。
仕事を終えてロッカールームから出ると、今日一度も接触して来なかった朝永さんが笑顔で待っていたから。

まさか居るとは思わない。

恋人のフリを条件に置いてもらっている身だ。
昨日朝永さんがどう過ごそうが私が何か言える立場じゃないし、私が勝手に傷付いているだけ。

私は平静を装って、差し出された朝永さんの手を握った。


会社を出ると外は雨が降っていた。
朝永さんは持っていた傘をさすために繋いでいた私の手を離してくれた。
雨は嫌いだけど、雨ありがとうと心からお礼を言った。
終業時刻間近で人の波が出来ているし、道は傘をさしているせいでいつもより狭く感じる。
朝永さんとの距離もいつもより開いているし、雑踏で辺りは煩いし、会話しなくても変に思われないだろうし。

会話することなく駅に着いた。
傘を閉じたら手を掴まれるかもと身構えていたが、朝永さんは繋いではこなかった。