「だ、誰に?」

思わず声が震えてしまった。一体誰だ。どういう事だ。彼氏なんてものは居ないけれど、瀬良君と一緒に帰るようになってからはうちまで送って貰うのが当たり前になっていたのは確かだ。その人は兄の事を知っていて、家の場所を知っていて、更に妹の私の顔まで知っているという事になる。

「ん?まぁ、同僚に」

「なんで?」

「さぁな。まぁそれはどうでもいいんだけど、とりあえずおまえは元気出せよ。おまえ俺に似て顔良いんだから男なんて腐る程寄ってくんだろ」

「そんな訳無い。てゆーか誤魔化さないで」

何となく私に伏せておきたい何かがあるなというのは兄の反応と態度で分かった。同僚って、会社の人って事だよなぁ。学生時代の兄の友達ならまだ私の顔も家も知ってて可笑しく無いけれど、彼らなら絶対声を掛けてくるはずなのだ。私が男を連れて歩いてた所を目撃なんてしたら、絶対面白がってちょっかい出してくるはず。あの人達は私の事をおもちゃか何かだと思ってるから…

「誤魔化してねぇよ。あ、そろそろ時間だ」

「お兄ちゃん」

「今日遅くなるから先食べて寝てろよ。まぁ振られる事の一度や二度経験しないとな!じゃあ行ってきます」

「…いってらっしゃい」

逃げられた…仕方ない。元気づけようと思ってしてくれた事だろうし、なんで彼氏が出来たって話になってたのかは気になるけれど、とりあえず今回は無かった事にする事にした。顔が広い兄の事だ。色んな伝手で私の話が入ってきたのだろう。


…この時は、それくらいにしか思っていなかった。