大事にされたいのは君


あの瀬良君が怒っている。そう思うだけで、私は言葉を口にする事を躊躇ってしまう。しかし瀬良君は言ってみろと、鋭い眼光を私に向けたまま逃げ場なんて与えてくれない。

「…だって瀬良君は、簡単に人の好意を捨てられる人だ。他人に興味が無い人だ」

「だったら何?それと吉岡さんは関係ないだろ」

「関係あるよ、私も他人だよ!」

私が告げたそれは、当たり前の事実だった。私は他人だ。彼との関係に何の名前もない、ただの沢山居る友人の中の一人。それなのに彼は、その一言に衝撃を受けたようだった。そして、

「…そっか。俺と吉岡さんは他人だもんな」

そう吐き捨てるように言って、私に背を向けた。

去っていく後ろ姿に、私は何も言う事が出来なかった。彼を怒らせてしまった理由は勿論分かっている。怒らせてしまった分だけ、傷つけてしまった事も。彼の見せた表情一つ一つが私の中でフラッシュバックして今、後悔の淵に私を立たせている。

しかし何故だろうと、ふと思う。今起こった全ての中で、一番彼を傷つけたのはどう考えても最後の一言、私と彼は他人だと言う言葉。つまり、私と彼は他人ではないと、彼は思っていた?

…あぁ、そうか。私は彼にとって一番好きな友達、なのだった。だから一番じゃない事に傷ついて…いや、それにしてはあまりにも…でも、だったらなんで私はあんなに避けられていたの?今日なんて見ない振りをされて…でもここには来てくれた。心配してくれた…でも…あぁ、分からない。

彼の気持ちが分からない。

それでももう私には、彼ともう一度話をしようだなんて事は思えなかった。私のしてしまった事は、私が謝れば済むような簡単な事ではないと思ったから。あんな瀬良君は初めて見た。それ程までに深い溝を、私は彼との間に作ってしまった。

…きっともう許してもらえはしないのかもしれない。もう傷つけてしまった私の方から彼に何かをする事なんて、虫のいい話だった。