「真司君は、歌手とかならないの?」
「歌手?そんなの無理だ」
「なんで?」
「歌手なんて、実力の世界だ。売れるのも一握り・・・過酷な世界だ」
年間にどれくらいの歌手がデビューして、どれくらいの歌手がやめていくのか。
1回見たことのあるアーティストが、2回目出てこないなんてザラだ。
そんな世界を生きていくことなんて、俺には考えられなかった。
「そうなの?・・・真司君ならなれると思ったのになぁ・・・」
莉桜菜は、まるで自分のことのように残念に思ってくれている。
感受性の豊かさは、彼女の美徳だろう。
「・・・まぁ、卒業する前までは決めるさ」
進路とか決めないといけないから、自分と向き合わなきゃいけない時は近い未来にやってくる。
でも、今はまだ考えられなかった。
「ーーーあ、ここ。私の家」
気がついたら莉桜菜の家の前に来ていて、足を止めた。
一軒家で2階建ての家だ。
白を基調としていて、かわいらしい外観に思えた。
莉桜菜は、今度こそ俺と向き合うと手を差し出してきた。
「ありがとう。送ってくれて」
「いや」
俺は、莉桜菜の鞄を彼女に渡した。
2人分の荷物が1人分になってフッと軽くなった。
莉桜菜は、自分の鞄を受け取ると玄関まで歩いて行った。
そして振り返って俺に手を振る。


