「ああいた、ヒトヅカイアラコ」

ふとタケモリの声が聞こえた。

「うるさい、タケモリの分際でわたしに反発するでない」

タケモリはわたしにおばちゃん特製デザートを渡すと、その手を広げ、平を上に向けた。

わたしは三限目の休み時間にブレザーのポケットに入れておいた一枚の百円玉と二枚の十円玉をその手に置く。

「俺、百五十円使ったんだけど」

「知らないわよそんなもん。三十円返ってきたでしょう? ああ、タケモリほどになると計算もできなくなっちゃうのかな?」

「馬鹿にするな、俺はただ馬鹿なお前を騙して三十円を余分に頂戴しようとしただけだ」

というかお前は俺になんの恨みがあるんだ、とタケモリは呟いた。

「えっ、ちょっと待って」

高本くんが言った。

「名字、タケモリさんだったの?」

彼は指を揃えた手でタケモリを示し、続けた。

わたしは咄嗟に二人から顔を背けた。

思い切り噴き出す。

「お前もかてめえコウモト」

「いやタカモトだ」

「毎時間 毎時間 先生方を訂正してるだろうが、タケノモリだと。いいか、お前も覚えておけ。松竹梅の竹に森林の森と書いてタケノモリと読む。いいか、タケノモリだ」

「つうかタケモリ――」

タケノモリだ、今言ったばかりだろうとタケモリはわたしの言葉を遮った。

「あんたなんでそんなに自分の名字にこだわるの?」

「いや、普通間違えられたら嫌だろ。お前も……そうだな、例えばビスと読まれたら嫌だろう」

「美術の美に澄む――まあ読めなくはないけど、そう読む人はいないでしょう」

だから先に例えばと言ったろうというタケモリの叫びに、高本くんは楽しそうに笑った。