その瞳に写る頃


「ところでさ、お父さん今日仕事だったんだね」

「ああ、うん」

母は本を閉じ、ダイニングテーブルの上に置いた。

「なんか、わちゃわちゃしてるんですって」

「またあ? なんかもう常にわちゃわちゃしてるようじゃん、あの会社――というか、あの部?」

自分の父に指揮を執るような仕事は不向きなのではないかと思った。

「さくらったらなに? お父さんがいなくて寂しいの?」

「全然。わたしはお父さんに構ってあげられるほど暇じゃないの。今日だって予定入ってるし」

「ああ、彼氏とデートか」

「だからデートでも彼氏でもないってば」

「今日も描いてもらうの? それにしては残念な服装だけど……。なんか、服もうるさい」

「普通言う? 娘に直接、あなた服選びのセンスないわね的な雰囲気の言葉。少しは自分のせいかもしれないとか思わないのかね? ていうか服もってなによ」

「服選びのセンスは遺伝じゃないでしょう。言葉の通りだよ。うるさい人が着ると服もうるさくなるんだねって」

「服のセンスが遺伝じゃないかどうかなんてわかんないじゃない。ていうかわたしうるさくないし。こんなにもおとなしい女の子いないよ?」

肩をすくめる母から目を逸らすように見た時計は、家を出るのにちょうどいい時間を示していた。

「そろそろいってきます」と席を立つと、「気をつけてね」と母は笑顔を見せた。

「了解」とこちらも笑顔で返す。