家に帰り、部屋着に着替えてリビングへ行くと、母はダイニングチェアに腰掛け真面目な顔でうつむいていた。
わたしは「どうしたの?」と声を掛け、母の向かい側の席に腰を下ろす。
母は顔を上げると、「おかえり」と笑顔を見せた。
「珍しく真面目な顔しちゃって。どうしたの? 雪でも降るのかな」
「やだ、誰に似たらそんな無礼な人に育つのかしら」
「我が家の場合誰に似ても無礼な人間に育つよ。それはともかく。下なんか向いちゃって、なにか悩みごとでもあるの?」
「ううん、本を読んでたの」
「本?」
「今日、帰りに本屋さんに寄ったんだけど……」
素敵なものを見つけちゃったの、と母は一冊の本をテーブルに上げた。
「役に立ったり立たなかったりする大人の雑学……」
わたしは表紙に書かれた文字を読み上げた。
「雑学?」
「そう。わたし最近、なにか新しい知識がほしいと思ってたの。そこでこんな本見つけちゃあ、買っちゃうよね」
「せめて知って得するとか書いてあるのにしようよ。役に立ったり立たなかったりって。ただの脳の無駄遣いじゃん」
「いやいやそんなことないよ。知ってて損することなんてないでしょう。さくらある? 知って本当に損したこと」
「そんな大きな情報入ってこないからわかんないけど、もしも――」
何気なく言い掛けて、高本くんの疑問を思い出した。
「どうかした?」
「ううん。例えば、人間が生まれる理由なんかは、知っちゃったらなんか後悔する気がする」
でもそれは損とは少し違うのかな、と言いながら、わたしは飲み物を求めて席を立った。



