高本家は、美澄家から歩いて一時間弱のところにある。
およそ一時間も歩くのであれば自転車という手段もあるが、自転車は小学校五年生の頃になにもないような道で派手に転んだところをさほど仲のよくない男の同級生に見られたことをきっかけに、歩いて行ける距離ならば決して使わないと誓った。
喫茶 なつしろは、高本家まであと数分ということを教えてくれる。
提供されるもののピンピンに張った値段が外観にも滲み出たその店に入っていくのは、見るからに金を持っていそうな六十代くらいに見える男性だった。
彼からはどこからともなく上品な印象を受けた。
あんな人が入るような店だ、母親は人の話を聞かず、父親はダジャレを愛し、娘は経験からなにかを学ぶということをしないような家族が入れるわけがないと思った。
同時に、わたしと同じくらいの年齢であの店に入れそうな人物は、経営しているのが家族であるからという意味ではなく、高本くんくらいだろうとも思った。
彼のような普通という枠に入りそうで入らない少年ならば、店内にいてもさほど浮いたりしないだろう。



