礼を言ってスケッチブックを返すと、高本くんはすぐにそれをしまい、足を交差させて体育座りし、組んだ腕に顎を載せ、前方のどこかを眺めた。
「あのさ」
体勢を真似ながら言った。
「一つ、訊いてもいい?」
「いいよ」と返ってきた声は、非常に静かなものだった。
なにかを悟ったようにも聞こえた。
「どうして、絵に色を塗らないの?」
ふっと息を吐くのが聞こえた。
高本くんへ目をやると、口元に微かな笑みが浮かんでいた。
「やり直しがきかなくなるのが嫌なんだ」
「やり直し?」
「一度色を塗ってしまえば、それを消すことはできない。だけど鉛筆なら、いくらでも描き直せる」
「なるほどねえ。いやね、もったいないなあと思ってたの。すごく綺麗な絵なのに、決して色が塗られないの。そしたら意外とかわいい理由だった」
「絵を捨ててしまうなら話は変わるけど、そうしない俺の場合、一生残るからね」
「さっきのスケッチブック、去年のだって言ってたけど、いつから描いてるの?」
「今みたいに年や季節まで記録して描くようになったのは、小学校高学年。五年生だったかな」
「ふうん……。絵が好きなんだ?」
「小さい頃からよく絵を描く子だったらしい」
「そうなんだ。じゃあ、将来は画家かなにか?」
ううん、と高本くんは首を振った。
「そんなの無理だよ。俺はただ、趣味程度に描けたらいいんだ」
「ふうん、消極的なんだね。生まれ持ったものは全力で生かしていかないと……」
もったいないぞ、と体をぶつけると、高本くんは照れたように笑った。



