教室へ入ると、すぐそばの机からするりとペンケースを抜き取り、廊下を走りながらチャックを開けた鞄へ入れた。

鞄のチャックを閉め、教室を出る前に室内を見渡した。

誰もいない教室には、どこか居心地のよさを感じた。

外から聞こえる、運動部に所属している生徒の声にも、なんとも言えない安心感のようなものを感じる。


ぼうっとせずに帰らねばと考え直し、教室を出ようとするも、今度は一つの席に目を奪われた。

わたしの席から五列窓の方へ離れた、真ん中あたりの列の一番前の席だ。

高本 秀(たかもと しゅう)というその席の持ち主も、わたしには気になる存在であった。

彼は、わたしが登校する頃にはすでに席におり、反対に帰ろうとする頃には姿を消している。

しかしわたしにとって彼が気になる存在である理由はそれだけではない。

高本 秀が気になる一番の理由は、彼が他の生徒と接触している場面を見たことがないことだ。

たくさんの人と騒ぐのが好きであるわたしには、毎日一人で過ごす人の気が知れないのである。

日頃なにを感じているのかなど、話したいことや訊きたいことはたくさんあるのだが、彼の放つ独特な雰囲気に負け、過去に言葉を交したことは一度もない。

去年はクラスも違った。