生まれ育った町を離れる前日、わたしは高本家の縁側にいた。
「美澄さん、随分遠くに行くんだね」
高本くんは静かに言った。
「まあまあ、言っても隣の県だし」
「そうだけど……」
「えっなに、寂しいの?」
わたしはからかうように高本くんの顔を除き込んだ。直後に目を逸らされた。
「そりゃあ、今までずっと一緒にいてもらったし……」
顔を上げながら、「嬉しいこと言ってくれるね」とわたしは笑った。
「でも、いつだって会えるよ。高本くんはずっとここにいるんでしょう?」
「うん。ここで、やれるだけやってみる」
足元へ目をやりながら「人のことばかりは言えないけど」と挟み、「頑張ってね」と返した。
「……まあ、高本くんがなにをするのか未だに知らないけど」
「いいよ、知らなくて」
高本くんらしい言葉に、わたしは苦笑した。
下げたばかりの顔を上げ、一度深呼吸する。
「そうだなあ……。じゃあ、今度会うときは、新しい絵本のネタ持ってくるよ。
そして、その打ち合わせみたいな、話し合いみたいなことを、喫茶 なつしろでしよう。洒落た喫茶店で仕事の話って、わたしちょっとやってみたかったの」
「えっ、また絵本出すの?」
高本くんは驚いたように言った。
「嫌だとか言うんじゃあんめ?」
「嫌だよ。あんな下手な絵を世に晒すのはもう懲り懲りだ」
冗談めかしく並べられた言葉へ、「泣いたって描かせてやる」と同じように返した。
少しの静寂のあと、ししおどしの音とともに「いいよ」と優しい声が聞こえた。
「美澄さんのためなら、なんでもするよ」
作画の腕を上げて待ってる、と高本くんは続けた。