「どう? これはもう申し分ないでしょう。不自然な点があるだとか、そんなことは絶対に言わせないわよ」
これは、高本くんとわたしの高校生活の一部に、ずっとともに過ごすという理想の未来を添えたものなのだ。
父はふうと長く息を吐きながら、ダイニングテーブルへ自由帳を戻した。
「わかった。発売しよう、森林出版社より」
痛みを伴いながら、どきりと心臓が跳ねた。
まるで重たい手荷物をすべて置いたように体が軽く感じられ、鼻と口を覆っていた厚手なタオルが離されたように呼吸がしやすくなった。
「本当?」
「ああ。ただし、一つ条件がある」
「……なにさ」
「もしもこれが売れなかったら、森林出版社に損失を生んだ罰として、ファッションブランド『にゃんこ』でお父さんとお揃いのマフラーを買うこと。
また、毎年冬に一度はそれを身につけ、お父さんと外出すること」
最悪だ、とわたしは思った。
『にゃんこ』は日本発祥のファッションブランドで、どこかしらに猫を入れたファッションアイテムを出している。
父の言うそこのマフラーは恐らく、昨年十二月にものすごいマフラーが発売されたと話題を呼んだ、
一端に立体的な鬼のような形相の猫の顔が付いており、その上のマフラーに、毛を逆立て、尻尾を真上に立てた猫の体が描かれたものだ。
それをお揃いで身につけ、最低一度はともに外出するなど、あまりに重すぎる罰だ。
しかし、この『はりねずみくんのおともだち。』が売れないはずがないと、根拠のない自信が湧き上がってきた。
「上等だ。マフラーどころか、全身『にゃんこ』のペアルックで出歩いてやる。
ただ、条件出されるだけじゃむかつくから、わたしからも条件出すね」
なんなりと、と父は肩をすくめた。
「『はりねずみくんのおともだち。』が森林出版から見て売れたら、わたしを日本庭園に連れて行って」
「上等だ」と彼は頷いた。
「言ったな? 言ったからな? 絶対連れて行ってよ?」
「もちろんだ。お父さんが約束を果たさなかったことなど一度もないだろう。
さくらこそ、恥ずかしくなってマフラー買わないとかなしだからな?」
「上等だっつってんだろうが。お父さんこそ、売れたけど認めたくなくてマフラー強制とか絶対するんじゃねえぞ?」
言いながら、わたしは身を乗り出した。
「当たり前だろうが」と父も同じようにして返してきた。
「なんだなんだ、やんのか?」
交互に「ああ?」を繰り返すと、やがて母が「ご飯できたよ」と料理を運んできた。