その瞳に写る頃


「郷に入っては郷に従え……」

わたしは呟いた。

「わたし、座右の銘なんてかっこいいものないや」

「持ってる人の方が少ないんじゃないのかな。わからないけど」

「うーん……」

「なんでもいいじゃない。こう生きようって決められるきっかけがあれば、それがそうなるから」

「こう生きよう、かあ……」

「美澄さんはどう生きたいの?」

「豊かに、平和に、健康に……。かな」

「ならそれを座右の銘にしてもいいんじゃない? 『豊かに、平和に、健康に』。さらっと言えばリズムもいいし」

「おお、確かに」

「豊かに平和に健康に――最高の生き方だね」

高本くんの明るい声に、わたしは返す言葉を見つけられなかった。

「あっ、ちょっと待った。今、完全に俺のこと考えたでしょう」

こちらがふふっと笑うと、高本くんも楽しそうに笑った。

「美澄さん、言いましたよね? 今まで通りに接してくれるって」

「はい、言いました、確かに」

「でも今、完全に変なこと考えましたよね?」

「……少し、だけ」

高本くんは嘘くさい咳払いをした。

「えー、では改めて認識していただきます。あくまで俺の場合は――ですが。

大事なことなのでもう一度。あくまで俺の場合は――ですが、一切不自由していませんし、一切悩んでもおりません」

後半ももう一度行きますか、という問いにいいえと首を振る。

「大丈夫です。美澄、確かに理解いたしました」

わたしは笑いを抑えられないまま言葉を並べた。

よろしい、と高本くんは頷く。