高本家へ着くと作業はすぐに始まった。
わたしは一昨日と同じノートを眺める。
ページを染める黒の濃淡は、慣れない魅力を放っている。
「そうだ」
高本くんは思い出したように言った。
「さっき、なにか言おうとしてたよね」
「ん?」
「店で。なにか言おうとしてなかったっけ」
「ああ、そうだ」
わたしが忘れてた、と苦笑した。
「この辺から都会の方までってかなりお店広がってる感じだけど、お父様どれだけすごい人なの? てかいくら稼いでるの?……て、言おうとした」
ああ、と高本くんは苦笑した。
「別にすごい人なんかではないよ。美澄さんも目の当たりにしてわかったと思うけど、本当にただのくせとこだわりの強いだけの人」
「それは……なんとなくわかった。それよりさ、社長ってやっぱりお金すごいの?」
「わかんない」と彼は肩をすくめた。
「そうか……。じゃあ、お父様の趣味は? ゴルフとか?」
いや、と高本くんは一言で否定した。
「紅茶とコーヒーの研究と、この中庭の植物を愛でること」
「じゃあ、特技」
「ものを投げて食べること」
少しの沈黙のあと、わたしは「え?」と聞き返した。
「なんかあの……マシュマロキャッチみたいな? ものを投げ上げて、それを食べる――みたいな」
「ああ……なるほど、そういう人なんだね……」
「繰り返すようだけど、うちの父は本当にただのくせとこだわりが強いだけの人だから」
「確かに……そうかもしれないね。すまないね、何度も同じようなことを訊いて」
いいえとんでもない、と高本くんは首を振った。



