「ええと、美澄さんはなんでしたっけ?」

高本くんの父親は、わたしたちの前に戻ってくるとすぐに確認した。

「ああ、ええと……マスカットティー、で……」

このような場所でそんな名前で提供されているのだろうかと考えると、思わず言葉が途切れた。

「ホットとアイスがございますが……」

「あっ……アイスで」

「かしこまりました。秀もなにか?」

「じゃあカフェオレ。細かいところは任せる」

随分と洒落た親子の会話だなとわたしは思った。

「了解」

高本くんの父親は一言で頷くと、すぐに作業に取り掛かった。

目の前でドラマやコマーシャルで見たことのあるような道具が使われているが、わたしには名前すらわからない。

「あ、あのう……」

声を掛けていいものかと思いつつも、静寂に耐えられず声を発した。

「はい」

高本くんの父親は優しい声を返してきた。

「えっと……喫茶店の経営を始めたのっていつ頃なんですか?」

「秀が小学校三年生の頃だったので……」

「八年……九年前か?」

高本くんが言った。

「それくらいかな。当時四十五歳だったわたくしは、人生もおよそ半分を過ごしたところだし、なにか好きなことがしたいと思いました」

「いや、それまでも結構好きなことしてたと思うけど」

高本くんの言葉に、彼の父親は苦笑した。

「自分の好きなこととはなにかと考えたとき、真っ先にコーヒーと紅茶が浮かびました。

それらは若い頃から好きで、知識を深めた後、資格まで取得しておりました。

せっかく得た知識を一切活かさずに人生を終えるというのももったいないなあと思いましてね。

他の必要な知識を集め、喫茶店の経営を始めたわけですよ」

「そうなんですか……」

わたしが頷くと、高本くんの父親は「単純でしょう?」と笑みを浮かべた。

「そんなことないですよ。ああ、ところで、まだ開業から十年も経っていないんですね」

「そうですねえ」

「随分と早くないですか? お店が増えるの。もう、あちこちにあるじゃないですか」

「ええ、そうですね。わたくしが人生最後に創造したものですので、

わたくしがこの世を去ったあとも、

少しでも長い間、少しでも多くの方の記憶にありたいなあと思いまして、

新たな店舗を作れるときは作って参りました」

高本くんの父親はふっと笑った。

「まあ、そのせいで秀や妻に迷惑をかけたこともありましたがね」

「まあ、そのうちの秀はあまり迷惑かけられた気はしてなかったけど」

高本くんが言った。

「おお……」

喫茶店の経営を始める前から金はあったのだなとわたしは思った。