せっかくなのでと作る様子が見えるカウンター席に着いた。


「ヒデさん、会計」

先客であったおじ様が言うと、高本くんの父親は「はいよ」とレジの方へ向かった。


「ええと……。喫茶 なつしろ……」

高本くんの耳元で呟くと、「こんなもんです」と彼は苦笑した。

「高本くんのお父さん、お客さんに“ヒデさん”って呼ばれてるの?」

「あの人、最初こそ店員とお客様といった距離感保っておくものの、一度壁が壊れるとうざいくらいフレンドリーになるから」

「本当?」

「なんか服のブランドとか、コーヒー、紅茶みたいな。好むもののせいで小洒落たおっさん感出てるけど、実際はただのこだわりとくせが強いだけの中年男だから」

「いや、それは言いすぎでしょう。コーヒーとか紅茶とか、少しでもいいものをと考えてるんでしょう? 真面目な人じゃない」

「ただのオタクだよ」

「ええ……。血の繋がりって怖いねえ」

「いや本当に。俺、今までに何度もあの人の好み恨んでるからね。俺と母がそういうものにまったく興味ないせいで、俺の服は全部あの人が買ってくるし」

「あっ、それであんなお洒落なのが多いのね。つやっつやしたシャツ」

「そう。親がこうして喫茶店営んでるっていうだけでもなんか周りの感じは変わってくるのに、服まであんなおっさんが好むようなブランドの着てたら、傍から見たら完全におぼっちゃまでしょう」

「確かに。えっ、ところであの家は……?」

「あれも完全にあの人の好み。母も、まあ和か洋で言えば和が好きだけど、みたいな。三人家族であんな広い家は必要ないでしょうとは思ったらしい」

「うーん。行動力がある人なのかな? 高本くんのお父さん」

「そう言えばなんとなく聞こえがよくなっちゃうけど――」

密かなわたしたちの会話を遮るように、小銭が落ちる音が響いた。

「おおっと。はい、ええと……五十円のお返しね」

「はいどうも。いやあ、もうわたしらの年齢にもなると、手元がね」

「そうそう。少し前までは他人を見て、ああはなりたくないなあと思っていたんだけれどもねえ……」

「すっかりこの様だってか?」

あははは、と楽しそうに笑ってから、先客のおじ様は店を出ていった。


「高本くん、なんかわたし……返してほしいものができた」

「なんか、当たる気がするから言っていい?」

「どうぞ」

「さっき店の前で緊張してた時間」

大正解、と小声で返すと、わたしたちは同時に声を抑えて笑った。