その瞳に写る頃


灰色の傘へ駆け寄ろうとした直後、わたしを追い抜いた一台の自転車が数メートル先で停止し、それにまたがる人物が振り向いた。

「うわなんだよ、人使いの荒い美澄かよ」

相手の声を聞いた直後、軽く腹が立った。

「うっざ、タケモリかよ」

わたしが大股で追い抜こうとすると、彼は自転車を動かした。

くそが、と呟く。

「つうかお前、傘洒落すぎてね?」

「なにか問題でも? 中二の頃にちょっと奮発して買って以来お気に入りなんだけど」

「へええ。いやさあ、そんな洒落た傘持ってるから、どんな美人さんかなあと思ったわけよ」

そしたらまさかの美澄よ、ただの人使い荒いやつ、とタケモリは笑いながら言った。

「いやまじ本当、似合わなすぎだって、その傘」

ははは、とタケモリはさらに笑う。

「あんた本当にうざい。馬鹿のくせに」

「いや今頭脳関係ねえべ。つか俺、美澄よりは頭いいし」

「嘘だね。わたし、タケモリと違ってテストの結果で最下位なんか取ったことないもん。一度もね」

「それはさあ、俺がわざと、お前みたいなかわいそうなやつを作らないために最下位を取ったわけで、俺が真面目に回答してりゃあ、絶対美澄が最下位だったっつうの」

「わたしあのとき中の下程度の場所にいたもん。

ていうかそれ、馬鹿がする言い訳のど定番なやつだし。

自分あのとき本気出してなかったんです的なね。ゆえにあの結果でも当然なんすよ、むしろあの結果狙って出したんす的な。

いやいや最初から本気出せし、つかなんのためによくもない結果出したんだって話だよ」

「いやいや、美澄お前わかってねえわ。俺はただ、自分がどれだけ自身をコントロールできるかってのを試したかったわけで、俺はあのとき、俺自身と闘ってたんだわ」

「だったらいい点を取れるようにって自分と闘いなさいよ」

タケモリは肩をすくめ、自転車置き場の方へ向かった。

わたしは昇降口へ走り、ある程度水滴を払うと傘をまとめ、定位置に置いた。