「さくら、ただいま帰りました」
玄関を入ると、扉の開け放たれたリビングの向こうから懐かしい匂いがした。
「なんだっけ、この匂い?」
中を覗き込んで問うと、「さくら。おかえり」という言葉のあと、「たまごはんだよ」と返ってきた。
たまごはんは、卵と醤油をかけたご飯――いわゆるたまごかけごはんを焼いたものだ。
それをたまごはんと命名したのは母である。
「ああ、たまごはん。久しぶりじゃない?」
「卵の賞味期限が切れちゃっててね。急遽予定変更よ」
わたしはため息をついた。
「そういえば最近はそんなことないなと一瞬でも思ったわたしが馬鹿だったよ」
「あら嫌だ、火を通すことを前提に、卵は賞味期限が切れてからもしばらくは問題なく食べられるんだよ?」
「なに、それもあの雑学集情報?」
「ううん、そんな役に立つことはあれには載ってない」
「お母さんがあの雑学集に載ってる情報を役立てられないのか、本当にあの雑学集には役に立たない情報ばかりが載ってるのかは知らないけど、だめじゃん、あれ」
「いいの、ちゃんと知識は増えてるから」
「余計なことばかり覚えて、大事なことを忘れないようにね」
着替えてきます、と残し、わたしは二階へ向かった。



