「……藍川さん……」

すぐに何か言ってあげれば良いものを、あなたは、揺れる彼女の瞳をじっと見つめて、名前を呼ぶだけにとどめたのです。彼女のこの表情が好きだからでしょう。色々な恥ずかしさに耐えるこの顔が、あなたは好きなはずです。

「碓氷さん……すみません、変なことを言って……引いちゃいました……?」

「まさか」

「嘘です……」

「あの、藍川さん」

今度は少し力を入れて、掴んでいる手首を引き寄せました。そのせいで彼女の体はカクンとぶれ、再びシートに沈み込みます。
あなたは掴んだ場所を彼女の手首から手へとずらし、そこをキュッと握りました。

「また、会えませんか」

ついにあなたはそう切り出しました。
あなたの冷たい瞳が、こんなにも甘く揺れているのは初めてです。
言葉と同時にあなたは手に力を込めたので、その感覚に彼女は身を震わせました。信じられない、とでも言いたげな目で、まだ疑わしくあなたを見ています。

仕方がないのであなたは続けました。

「本当はとって食いたいところですが、許してもらえないでしょ」

「む、無理ですっ、私今日、こんなですしっ……」

「ええ、そう言うと思ってたんで、今日はいいです。でもこのまま帰して、二度と藍川さんと会えないというのは、少し嫌です。……また会ってもらえませんか」

どちらも直接的な言葉では言いませんが、同じ気持ちでいました。好きという言葉は後でいいから、またふたりで会いたい、そう思っているのです。
彼女も、あなたに好きだと嘘くさく告白されるより、その正直な要望の方がすんなりと受け止めることができたのでしょう。

「……はい。そのときは、ちゃんとお洒落します」

彼女はやっと笑顔を取り戻しました。ジャージ姿でも、まるで魔法のかかったシンデレラのようでした。
しかし、
彼女はなぜかすぐに笑顔を崩し、泣き始めたのです。