給湯室から聞こえてきた不穏な声。

「真野さん、最近少し調子に乗っているんじゃないかしら。」

 今にも乗り込んで行きそうな橘の肩に手を置いて退かせると俺が給湯室へ入った。

 彼女達への忠告が終わり、血の気の引いた顔で物陰に突っ立っていた橘の側に戻ると肩辺りに軽く拳を当てた。
 給湯室にまだ残っている真野さんに聞こえないように小さく告げる。

「これで借りが少しは返せたか?」

「借りがあるのは俺の方だろ?」

 ガタイのいい大きな体がこれほど小さく見えたことはない。

 逃げるように給湯室から去って行った真野さんを横目に俺は橘に言葉を重ねた。

「前の資料室。
 あれは橘に借り百くらいの詫びを入れなきゃ俺が納得できない。」

 あの日から何かがおかしくなった。
 軽い気持ちで仕掛けた悪戯。
 そのせいなのは火を見るよりも明らかだった。

「宮崎のせいじゃない。
 俺の行動全てが真野を苦しめてる。」

 珍しく気弱な橘に喝を入れた。

「そういうシケた面してるお前なんか見たくないんだよ。
 どんな言い訳したって真野さんへの気持ちは諦められないんだろ?
 だったら橘がすることは一つしかないだろ。」

 橘からの返事はなかった。