仕事を終えた私は橘さんの誘いを断った理由である、予定通りの場所にいた。

 白い清潔感漂うフロアを抜け、個室の待合室に入る。

『如月こころのクリニック』

 心療内科の医院だ。

 完全予約制の上に他の患者さんと会わないように配慮された造りで、今まで他の人に一度も会ったことはない。

 ココに通っていることは誰にも秘密。
 誰かに話して、もしも会社にバレてしまったら職を失うだろう。

 会社を定時に上がって、もう何ヶ月も定期的に通っている。

 私がココに通う理由は……対人恐怖症。

 人が怖くて営業事務なんてやっていられない。
 発症してからは薬で誤魔化してなんとかやってきた。
 だから誰にも秘密なのだ。

「33番さんどうぞ〜。」

 名前で呼ばれずにその日の番号で呼ばれることも個人を特定されない配慮なのかもしれない。

 呼ばれた私は診察室へと移動した。

 診察室に入ると採光をうまく取り入れたまばゆい部屋に一瞬目がくらむ。
 明るい陽射しを受けた美しい人が微笑んだ。

「久しぶりですね。
 調子はどうですか?」

 柔らかな笑みを浮かべたのはクリニック医院長の如月薫先生。