支払いは既に済んでいた。
 トイレに立ったと思わせてその時に払ってくれていたようだった。

 どこがスマートじゃないんだろう。

 突然キスしようとして来たことを除けば彼は大人で紳士的だ。

「家はどっち?」

「遠いので平気です。」

「遠いならなおさらだ。
 遠慮するな。
 俺が変質者なら間違いなく襲う……ってシャレにならないこと言ってるよな。
 墓穴掘った。」

 頭をかく橘さんにフフッと笑みをこぼす。

「今の橘さんはそういうことしないって信じてます。」

 隣斜め上にある橘さんの顔は複雑な表情を浮かべた。
 そしてそのまま気持ちを吐露した。

「それは嬉しい反面、手を出したら本気で終わるってことで、男として試されてる気がするわ。」

「ご自分がおっしゃったんですよ?」

「あぁ。しくじったって思ってる。」

「橘さん?」

 目くじらを立てるとどこからそんな甘い言葉が出てくるのか、当たり前のように言われた。

「男なら好きな女に触れたいって思うもんだろ。」

 真剣な表情で言われて何も言えなくなってしまう。
 すると橘さんがフッと吹き出した。

「ハハッ。
「ダメです」とかって、叱ってくれよ。
 じゃないと歯止めが効かなくなりそうだ。」

「だ、ダメに決まってるじゃないですか。」

「あぁ。分かってる。」

 隣から手が伸びて来て、頭を撫でそうな位置ギリギリで止まって引っ込められた。

「マズイな。可愛い。
 本気で撫でそうだった。」

 どうしてか、もどかしい。
 私も橘さんに流されかけているのかもしれない。

 今、無性に頭をそのまま撫でて欲しかった。