橘さんは私の髪を撫でながら、ゆっくりと穏やかな声で問いかけるように言った。

「真野は、彼氏いたんじゃないの?」

「いえ。
 今まで彼氏がいたことない、です。」

「……噂では彼氏がいて、最近別れたらしいって。」

「噂ってすごいですね。」

 こんな体制のまま話すのかな。
 抱きしめられてなんだか雰囲気は甘い。

 ただ、顔が見えないのは話しやすくはあるし、橘さんの穏やかなぬくもりは私を安心させた。

「仕事終わりにすぐ帰るからって。
 飲み会にも参加しないし。」

「すぐ帰るのは病院へ行っていたので。
 飲み会に参加してなかったのは人が怖かったからですし、参加するようになったのは人から逃げてばかりじゃいけないなって思って。
 対人恐怖症を少しでも良くしようと。」

 橘さんは私の肩と膝裏に手をかけると軽々と抱き上げた。

「た、橘さん?」

「真野は顔を見ない方が話しやすいんだろうなとは思うんだけど。」

 そこまで言った橘さんは私を橘さんがいつも座る座椅子の上に下ろした。

 そして自分はすぐ隣に腰を下ろして「俺は真野の表情を見ながら話したい」と私より座椅子の分だけ低くなった橘さんにほんの少し見上げられて言われた。

 見つめられているのに視線は怖くない。
 それよりも甘い眼差しの方が落ち着かない気分だった。