「そこに寄りかかる壁があるから」
「そんな壁はバールで、ぶち抜いてやるわ。風邪を引いたら辛いでしょう」
「心配ご無用」
「風邪を引いたら、大好きな動物たちに逢えなくなるのよ?」
「マスクをして這ってでも逢いに行く」
「その言葉は女性を愛して、その女性に言いなさい」
「あなたの口には、レモンか梅干しが入っていらっしゃいますね」
なに、それ?
「いつも言ってるでしょ。こういうときに敬語で、ふざけないでって」
「ふざけていない、尊敬している」
「目が笑ってるわよ。ところで口にレモンと梅干しがなによ?」
「口が酸っぱくなるほど、小言を並べる」
「あなたを想って」
「はいはい、恐れ入ります」
もう院長ったら、香さんを煽るのはやめてあげて。楽しそうに片側だけ口角を、きゅっと上げちゃって。
「返事は一回。それと最後まで聞きなさい、それに敬語は」
「おっしゃる通りです。小姑ひとりは鬼千匹に向かうを地で行く」
「私が小姑ですって? そんな予定もないくせに。悔しかったら、早くお嫁さんを連れて来なさいよ」
「まったく悔しくない」
あああ、ほらもう、院長ったら負けてあげてよ。香さんの頭から湯気が出そう。
この二人の小競合いは、私が保科に来るまで、どんな感じで終わっていたんだろう。
テニスの試合でボールの行方を目で追うみたいに、口を開くほうの顔を交互に見る。
そろそろ小競合いが落ち着いちゃいそう。きまりが悪いから、今すぐこの場から立ち去りたくなってきた。
できるなら私に話をふらないで。
「おはよう。忘れ物だ」
きた、ふってきた。
「おはようございます」
ばつの悪さに顔が火照り、まともに院長の顔が見られないままタオルを、ささっと受け取る。
「タオルがどうしたの」
「俺を」
「寝汗を拭いただけです」
「それだけじゃない」
言わないでいいってば。
澄ました横顔は、すがるような目で仰ぎ見る私なんか眼中にない。
「ありがとうね。ちょっと、明彦、汗を拭いてもらっておいて、忘れ物はないでしょ。お礼を言いなさい」
「頼んだ覚えは」
「よけいなこと言わないの」
言いかけの院長を黙らせるように、言葉をかぶせる語気が叱っている。
「ありがとう。で、俺を」
「あ、入院室の患畜の世話をしてきます」
もう、この口を止めるのは無理。顔から火が出そう。
いたたまれなくなって、その場を離れた。
と、思ったら院長に、がっつり二の腕を掴まれた。もうこれは観念するしかない。
「決まりが悪いんだろう、俺をおもちゃにしたから」
「明彦ったら、もてあそばれたみたいな言い方して」
「もてあそばれた。寝てると思ったんだろう」
「いったい、なにがあったの?」
二人のかけ合いに入れなかったけれど、やっと香さんが私にふってくれた。
院長、それ違うってば、弁明しなくちゃ。
話そうとした瞬間、隣から口を挟んできた。
もう、どうしてよ。思わず左右に首を振って嘆きそう。
「目を閉じていたら、俺の股のあいだに入ってきて、あちこちいじくられた」
「そんな壁はバールで、ぶち抜いてやるわ。風邪を引いたら辛いでしょう」
「心配ご無用」
「風邪を引いたら、大好きな動物たちに逢えなくなるのよ?」
「マスクをして這ってでも逢いに行く」
「その言葉は女性を愛して、その女性に言いなさい」
「あなたの口には、レモンか梅干しが入っていらっしゃいますね」
なに、それ?
「いつも言ってるでしょ。こういうときに敬語で、ふざけないでって」
「ふざけていない、尊敬している」
「目が笑ってるわよ。ところで口にレモンと梅干しがなによ?」
「口が酸っぱくなるほど、小言を並べる」
「あなたを想って」
「はいはい、恐れ入ります」
もう院長ったら、香さんを煽るのはやめてあげて。楽しそうに片側だけ口角を、きゅっと上げちゃって。
「返事は一回。それと最後まで聞きなさい、それに敬語は」
「おっしゃる通りです。小姑ひとりは鬼千匹に向かうを地で行く」
「私が小姑ですって? そんな予定もないくせに。悔しかったら、早くお嫁さんを連れて来なさいよ」
「まったく悔しくない」
あああ、ほらもう、院長ったら負けてあげてよ。香さんの頭から湯気が出そう。
この二人の小競合いは、私が保科に来るまで、どんな感じで終わっていたんだろう。
テニスの試合でボールの行方を目で追うみたいに、口を開くほうの顔を交互に見る。
そろそろ小競合いが落ち着いちゃいそう。きまりが悪いから、今すぐこの場から立ち去りたくなってきた。
できるなら私に話をふらないで。
「おはよう。忘れ物だ」
きた、ふってきた。
「おはようございます」
ばつの悪さに顔が火照り、まともに院長の顔が見られないままタオルを、ささっと受け取る。
「タオルがどうしたの」
「俺を」
「寝汗を拭いただけです」
「それだけじゃない」
言わないでいいってば。
澄ました横顔は、すがるような目で仰ぎ見る私なんか眼中にない。
「ありがとうね。ちょっと、明彦、汗を拭いてもらっておいて、忘れ物はないでしょ。お礼を言いなさい」
「頼んだ覚えは」
「よけいなこと言わないの」
言いかけの院長を黙らせるように、言葉をかぶせる語気が叱っている。
「ありがとう。で、俺を」
「あ、入院室の患畜の世話をしてきます」
もう、この口を止めるのは無理。顔から火が出そう。
いたたまれなくなって、その場を離れた。
と、思ったら院長に、がっつり二の腕を掴まれた。もうこれは観念するしかない。
「決まりが悪いんだろう、俺をおもちゃにしたから」
「明彦ったら、もてあそばれたみたいな言い方して」
「もてあそばれた。寝てると思ったんだろう」
「いったい、なにがあったの?」
二人のかけ合いに入れなかったけれど、やっと香さんが私にふってくれた。
院長、それ違うってば、弁明しなくちゃ。
話そうとした瞬間、隣から口を挟んできた。
もう、どうしてよ。思わず左右に首を振って嘆きそう。
「目を閉じていたら、俺の股のあいだに入ってきて、あちこちいじくられた」


