「莉沙ちゃんに、子猫の名前をつけさせないほうがいいかもしれない。情が移らないか?」

「そうですね。もし飼えないとなると、お別れしないといけないですもんね」

 院長が同意しているように深く頷いた。

「動物好きな莉沙ちゃんだから、情が移ったらお別れは辛いと思います」

 血検に集中しながらも、私との話もしっかり耳に入れて集中している。

 こういう場合の正解は、わからず出ないまま。
 子どもは幼いながらも心の中は繊細だから、気にかけてあげないとね。

「莉沙ちゃんに任せるしかないですかね。名前をつけないほうがいいとも伝えづらいですし」

 血検中の院長が、ちらりと顔を上げて同意のしるしに頷き、また視線を落とした。

「私は小川のときから、身寄りのない子猫の名前は決めずに、敢えていろいろな呼び方にしています。自身で情が移るのがわかるから」

「川瀬の場合、性格的にそれがいい」
 苦笑いを浮かべる私に、顔を上げることなく即答した。

 院長が、お見通しなの?
 それとも、私の性格は誰が見ても明らかなほど、はっきりと表れているの?

「ありがとう」
 前髪の隙間から、ちらりと覗く目と目が合った。この話は、これで終わりみたい。

「閉院時は連れて帰って子猫の面倒を見てもいいですか」
「マンションはペット可なのか?」
「いいえ、小さな子猫だからと思いまして」

「子猫だろうと一時的なものだろうと、マンションは共同住宅だ、ルールは守れ。それに小さな体でも鳴き声は一人前なのは、わかっているだろう」

 生きるために力の限りを出し切って鳴くもんね。すべてが正しい、やっぱり無理か。

「多忙な院長に、これ以上の負担をかけたくはないんです」

「ありがとう、俺は大丈夫だから安心しろ」
 顔も上げずに淡々と血検をしながら、そう言い切る。

 たしかに、タフだなって感心するくらい元気なのはわかる。それでも心配になる。

 お父さんも体に自信があったのに、ある日突然、逝ってしまったから心配なの。

 タフな人は自分の体を過信する。だから怖いの。

「心配するな。その代わりに病院にいるあいだは、子猫が元気になるために尽力してくれ」

「すべての力を注ぎます」
 顔を上げて返事をしたら、ちらりと顔を上げた院長が浅く頷いた。

 しばらくして検査結果が出て、細菌が単独の猫風邪だった。

 涙や目やには出ているけれど、結膜炎や角膜炎にはなっていない。
 鼻水が水っぽいから、猫風邪の初期。

 くしゃみが出てきて鼻づまりになったら食欲が低下しちゃうから、細心の注意を払って看ていないと。

 閉院後は自宅に連れて行くって。

 院長はノイン、フェーダーの子犬子猫時代を一気に育て上げたし、フェーダーは人工保育だったもんね。

 別室にすればフェーダーは、茶トラちゃんから猫風邪をもらってしまうこともない。

 夕方は予定通り、マリンが退院した。明日も来院して抜糸予定は一週間後。