どきどきさせられた『おいで、大好きだよ』

「大恩のことがだ」
「わかってますったら」
 反射的に声を上げてしまった。院長らしくない声のトーンにも驚いた。

「大恩、急に大きな声を出してごめんなさい。びっくりしたよね」
「そろそろ時間だ。外来が始まる」
「はい」
「大恩、またあとで」
「あとでね」
 院長が大恩をケージに入れて鍵をかけ、二人で一階に向かう。

「大恩、今日から院長の家にお引っ越しですね」
「ケージとは、あと数時間の付き合いだ」 
 階段を下りながら、心も会話も弾んで待機室についた。

 視界に入ってくる、ちらつく動きが気になり、視線に馳せると受付から香さんがカルテを振っている。問診だ。

 香さんから説明を受けてカルテを受け取り、診察室に入った。
 マルチーズのモカ、生後七ヶ月の女の子。

「おはよう、モカちゃん」
 体重と体温を測定しようと抱き上げると、診察台に足跡がついていた。

「緊張しちゃうよね」
 声をかけながら体重と体温を測定した。
 診察台の上に乗るモカは不安と緊張で身を強張らせ、心も閉ざして震えながら警戒している。

 モカを撫でるオーナーに問診をしていく。今朝から、しきりに前肢で目を擦っているって。

 動物は自分で洗眼したり点眼が出来ないから気持ち悪いと思う。
 辛いよね。問診をしながら、さりげなく涙と目やに有りとカルテに記入をしていく。

 問診が終わり、待機室の院長にカルテを見せて説明した。
「モカ、臆病ですね」
「ああ、モカは特に男性が苦手だ。診察も一苦労する。保定に入っていてくれ」
「はい」
「よし、行こう」

 院長が自分に言い聞かせるように呟き、カルテを軽くポンと叩いて席を立ち、診察室へと入るあとをタオルを持ってついて行く。

「おはようございます。モカちゃん、朝から目を擦ってるんですって?」
 診察室のドアを開けた瞬間から、院長がオーナーに話しかけて椅子に座る。

 話せない動物相手の仕事では、オーナーが見てきた状況が頼みの綱になる。
 院長は雑談交りに、さまざまな角度から話を引き出して、診断の特定につなげていく。

「モカちゃん、おはよう」
 お腹の底から上げる唸り声に院長がにこにこする。

「モカちゃん、相変わらず男性は苦手なんだね」
「モカ、唸らないの。すみません、先生は凄くよくしてくださるのに」