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 翌朝、目覚めるとシャワーを浴びた院長がパンを用意してくれていた。

 シャワーまで、お借りして至れり尽くせり。


 お世話になりっぱなしで、お礼をしたいと言うと『精神的に楽になる手助けができ、回復したから、それで十分だ』って。

 無頓着だから物みたいに目に見えるものには執着しなくて、精神的なことで心に充足感を得るタイプなのかな。

 遠慮はしていない様子だし。だからといって、そうもいかない。

 さっきもパンを買って来てくれたときに、ついでに歯みがきセットまで買って来てくれていたの。

 洗面所に置いてあるから使えって。無頓着なのに細やかで丁寧な心配り。

 これは朝、これは昼、これは夜、それとこれは明日の分。

 院長が栄養剤とビタミン剤と安定剤をくれた。
 わざわざ薬袋に入れてくれて。

 朝の分を飲んで、院長のもとに行った。

 「なにからなにまで、お世話になりました。ありがとうございます」

「たいしたことではない」

「お邪魔しました。お先に下に行ってます」

「大丈夫か、無理するな」
「大丈夫です」
 シューズを履いてドアを開けようとした。

「大恩のことは安心しろ」
 低く穏やかな優しい声に、満面の笑みで振り向く。
「はい」
「いつもの元気が出てきたようだ」

 院長は愛情が薄いだなんて、軽はずみな言葉を言ってしまって、申し訳なさで胸が張り裂けそう。

 送り出されて休憩室に入り、スクラブに着替えた。

 受付に下りて香さんに挨拶して、入院室に行くと猫からは、あなた誰みたいな顔で見られた。

 素っ気ない子は清々しいくらい、どこまでも素っ気ない。

 犬は吠える子や、四肢で立ち上がって黙って尻尾を振る子や床に顎ましつけてリラックスしている子と十人十色。

 お願いだから、あまり吠えないで。猫たちにストレスだから。

 大恩のケージに視線を馳せると、もともとおっとりさんで穏やかな子なんだけれど、差し引いてもおとなしい。

 病院大好きだったのに。ここがストレスになっちゃった?

 それとも、オーナーに捨てられたと思っているのかな。

「大恩、院長たちと走って来たのに、お腹すかないの? それとも院長から秘密のおいしいのもらったの?」

 院長が来たら聞いてみよう。大丈夫かな、大恩おとなしいよ。

 洗濯機を回して患畜の世話を始めて、しばらくすると院長が入院室に入って来た。

「おはようございます。大恩、秘密のおいしいもの食べました?」

「秘密のおいしいもの?」
 怪訝そうな顔で見下ろしてくる。

「今朝も、いつもよりおとなしいから」

「なにも与えていない。今朝も触診をして、聴診器をあてたが異常はなかった。A社のドライをあげてみてくれ」

 ホワイトボードを見ながら、今日のスケジュールの確認をする院長が、患畜のカルテに目を落としている。

 院長のPHSが鳴って、香さんの呼び出しに颯爽と下りて行った。

 なんだろう、急患だったら私に指示を出してから下りて行くし。