どうしようもない馬鹿さ加減に自分で自分が嫌になる、なんてことを言ってしまったの。

 どうにか気持ちを上手に切り替えないと、もうこれ以上は院長に迷惑をかけられない。

 そう思って臨んだのに、診察台を挟む院長との心の距離が果てしなく遠く感じる。

 何事もなかったように平然とした態度を崩さない院長が、逆に怖くて近づけない。

 怖じけづく自分に、一歩だけでも院長に歩み寄れと発破をかけても心も体も動けなくて、心はジリジリと後ずさりする。

 結局、状況は変わらず外来診察が終わり、院長は入院患畜の処置、私は患畜の世話を始めた。

 入院室の世話が終わり、院長は下に降りて行って、ひとりきりになった。

 院長がいるときは院長とのことばかりが頭を支配して、ひとりになるとルカのことで頭がいっぱい。

 いつになったら現実を受け入れられるの?

 気持ちの整理は、いつつくの?

 タオルに包んで動物用の棺に納めていたルカを洗ってあげることにした。

「ルカ、抱き締めさせてね」
 しばらく動けなかった。

 信じられないのと信じたくない気持ちが、頭の中で何度も交錯する。

 ずっとシャンプーできなかったもんね。気持ちいいでしょ。

 一生懸命に頑張ったもんね、ルカは偉かったよ、お疲れ様。

 涙が出てきて止まらない。あなたが逝ってしまったのが、まだ信じられない。

 こうして少しずつ現実を受け入れていくからね、たくさんの思い出をありがとう。

 私の顔を見て喉を鳴らしながら、撫でる手に頬を擦り寄せて、甘えた安心した表情も可愛かったよ。

 癒してくれてありがとう、忘れないからね。

「ルカ、もう一度、窓の景色を見ようか。ずっとずっと見てなかったもんね」

 ルカを抱いて窓を開けて、少しずつ近づく秋の香りをたっぷりと吸い込む。

 止まったはずの涙が、また溢れて流れ落ちる。

 きれいに乾かしたルカの顔に、涙がぽつりぽつりと雨みたいに落ちていく。

 見つかったら、また院長に叱られる。でもルカの前でだけは思いきり泣かせて。

「最期の抱っこだったね、忘れないから」

 ルカが旅立つための処置を施し、急いで花を買いに走って棺を花で飾った。

 先に入院患畜の処置を終えた院長がいる一階へ下りた。

「院長」

 私のかけた言葉に、本棚の文献を手に取ろうとした院長が、手を止めて首だけ振り向く。

「先ほどは嫌な想いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げて、心からの反省を示す。

「まだ、うちに来て一ヶ月も経っていない動物看護師に、なにも期待はしない。今の川瀬には余裕がない」