恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない

「お前の頭」
 海知先生が口を開き、店員さんはテーブルに料理を並べていく。

「不器用なツバメが作った、下手くそな巣みたいだぞ」
 テーブルに料理を置く店員さんの手先から肩まで震えて、吹き出して『すみません』って去って行った。

「店員さん見ただろ。お前さ、そういう笑わせ方、卑怯だな。頭、ぼっさぼさだぞ」
 持て余す足に負けず劣らず、腕も長いから悠々と伸ばして、髪の毛を整えてくれた。

「頭なんかいいから、早く乾杯してください、重いんですったら」
 ずっと持っているビールジョッキで、手がぶるぶる震える。

「整えてくれた人に対する態度かよ。せめて、髪の毛だけは整えておけよ。顔は整えようがないんだからな」

「大型犬の保定で、私のグシャグシャになった頭なんか、しゅっちゅう見てたじゃないですか」
 今さら海知先生の前で恥ずかしいなんてないし。

「びいびい言うなよ、まずは転職祝いの乾杯」
 ビールジョッキを重ね、ゴクリゴクリと喉を鳴らした。
「もう嫌だ」
「最初の一口は、特に格別だな、うまい」

「今日は酔いたい気分です」
「俺をお持ち帰りする気かよ。口説かれる女性の気持ちがわかった、怖い」
 本気でしょ、顔を歪ませて怯える目で私を見てくる目が子犬みたい。

 それより、本当に嫌、もう辞めたい。

「っつうか、お前が酔いたいだって? どんだけ無駄金、ドブに捨てる気だよ」
 そういう海知先生だって、無駄金たっぷり大海原に捨てているようなもんじゃないの。
 飲んでも飲んでも酔うことなく、ただただお金が消えていく酒豪同士、お互いさま。
 
 一息ついて、話し始める私の真剣な顔つきに、海知先生が唇を結んで鋭い目で見る。

「自分の限界が見えました。プライドはズタズタ、もう無理です」
 一気に喋った。

「よかれと思ってすることが裏目に出るみたいで、院長の言葉が、たびたびきついんです。なにをどうしたらいいのか、わからなくなりました」

「川瀬は神経質で精神的に脆いからな。あまり自分を追い詰めるなよ」
 深く長く弧を描く二重の線が、柔らかく下がる。

「患畜の気持ちに入り込むのが、保科に行っても続いてます。たまに仕事から離れても引きずってしまって」
 最近の出来事で頭の中がいっぱい。

「患畜に共感しすぎると、辛くなってくる。川瀬が一番わかってることだろ?」
 性分だから百も承知。自分から心構えを変えるしかないのもわかってはいる。

「他人や動物の気持ちを必要以上に感じ取って、自分のことみたいに悩むよな、気が回りすぎ。」
 否定はせず、柔らかい物腰で本質を突いてくる。

「あとは同調意識が強いんだよ、昔からそう。人や動物の気分に引き込まれる」
 海知先生が、テーブルに置いた両手を軽く組む。

 その性格は、裏を返せば思いやりがあり、人の役に立ちたい長所でもあるって。

「人の性格は長短どちらにも捉えられる。どうせなら、いいように考えようぜ」