「始めましょう」
 自分からは気が引けて、声だけかけたら察したみたい。院長が前開きケーシーのファスナーを下ろした。

 なんか恥ずかしくて。自分から院長のケーシーを脱がすなんて。

「失礼します」
 ケーシーに触れて、そっと脱がせた。近づく顔が、やけに近くて息遣いまで伝わりそうで、どきどきする。

 回復してきたから心配がなくなると、雑念が邪魔をしてくる。

 患部に全神経が集中していた時期は心配で、それどころじゃなかったのに。

 一週間近く施しているのに、今ごろになって意識してしまう。

 院長が興味深げに、私の一挙手一投足に注目しているからか、よけいに鼓動が激しく高鳴る。

 少し汗ばむ体に巻いた包帯を取って、背中や胸もとをタオルで拭いた。

 アイシング、それにシャワーと薬は? いつもと変わらない質問に、院長も変わらない答えを返してきた。
 
 左肩に当てた保護ガーゼを取ると、患部は順調な回復ぶりできれい。

「痛みは?」
 私の問いかけに上目遣いでじっと見つめてきて、ゆっくりと首を横に振る。
「痛みは、ないですか」
「ああ」
「ちっとも?」
「ああ、ちっともだ」
 ふっと声を漏らして口角を上げた。

「なにか、おかしかったですか」
 患部にガーゼを軽く押し当て拭いてから、綿球を消毒液に浸した。

「女の子らしい言葉だと思って」
「ちっともがですか」
「ああ」
 私と視線を合わせず、どこを見るでもなく、しみじみと言った頬が緩やかに上がった。

「綿球当てますね」
 深く頷いたから患部に当てた。
「沁みませんか」
「ああ、ちっとも」
 ふふんって、鼻を鳴らして軽く笑い声が漏れた。
「ちっとも?」
 沁みないことに驚いた。

「じんわりも沁みないんですか」
「ない」
 驚く私を不思議な顔で見ながら、笑い声が交じる声で答える。

 沁みないし痛みもないなんて、思わず首を傾げた。回復力が早いのか痛みに強いのか。

「本当に?」
 興味津々で、もう一度聞いてみた。

「本当だ、痛みにも無頓着だから」
 まだ私が言ったことを覚えているんだ、しつこいな。にやりと笑って楽しそうに。

「今日も、おまじないの軟膏を塗ってから、保護ガーゼを当てておきますね」

 軟膏で傷口を潤しておくから、肉が盛り上がってきて、周りから皮膚が再生してきた。

「きれいな傷口です。せっかくの勲章ですが残すことができません」
 残念そうに呟いたけれど、おかしくて笑ってしまった。

「発想がユニークだ」
「もう明日には包帯なしで大丈夫ですよ」
「シャワーが楽になる」
「暑い中、一週間近く頑張りましたね。あと一晩だけ頑張ってくださいね」
「ああ」

 さすが忍耐強いから、途中で包帯をとっちゃうとかしないで、ちゃんとしていた。無頓着だから、気にならないのかな。