「美しい女性をBarに連れて行ったら、他のヤツにナンパされないように、カウンターの一番奥に座らせる」
 “まさしく、この席だ”って感じで、右手の人差し指で、私のキールのグラスに触れた。

「店側としては、華やかな美人をカウンターのど真ん中に座らせたい。そんな危うい真似は、俺にはできない」 

 院長って遊び人なの? ショック。

「アネキは俺のことなんか、なんにもわかっていない。俺が女慣れしていて幻滅したか。顔に書いてある」

 院長の口角がふわりと上がる。

 動物の前で見せる姿も本当の院長、今この目の前で見せる遊び人の姿も本当の院長。 

 信じたくないな、遊び人も本当の院長なの?

 動揺を抑えるために、キールで喉を潤す。

 あああ、でも視線に映る光景に釘づけで、今度はどきどきが抑えられない。

 ドクターコートやスクラブと違い、黒シャツの院長を見るのは初めてだし。

 深めに開いている胸もとからは、ふだんは隠れている、長く深い鎖骨が見え隠れして、心臓と目に毒だよ。
 
 熱い体を持て余してしまい、どうにかなりそう。
 雲に上にいるような感覚で、火照る顔を手であおった。

「涼しいか」
 唇を柔らかくすぼめる院長が私の顔に、そっと息を吹きかける。

 爽やかな香りが鼻先をくすぐって、吐息だけで酔いそう。

 まるで、誰かに背中から胸を掴まれているみたい。

 激しく胸が高鳴り、喉の奥までどきどきして、大きな音を立てて唾を飲み込んじゃいそう。

 戻って来た香さんが、院長の腰の右側を軽く小突いて微笑んでいる。
 院長は、腰を上げるそぶりも見せずに、席はそのまま。

 座った香さんが前のめりで私に話しかけてきた。
 あっ、今の今まで院長が囁いたセリフと、一言一句変わらない言葉だ。

 院長なんなの、完璧に喋っちゃって。プレイボーイを演じたんだ、もう!

「私が明彦に躾たのよ」
 高い鼻を高々と上げて嬉しそう。その姿を尻目に見る院長が、肩を寄せてくる。

「種明かしを聞いて安心したのか、川瀬の体から力が抜けた」

 心の中を見透かされたようで、恥ずかしさで戸惑いを隠せない。
 心もスカートを握る手も震えてしまう。

「川瀬にとっての理想の男性は、高潔で成人君子な人格なんだな」

 まだ恋を知らない私は、男の人には理想がある。 
 心も体も汚れていなくて、きれいで潔白であってほしい。

「高潔って、その理想像は、一般的な男性に対してなの? それともピンポイントに明彦なの? 明彦に、そうであってほしいの?」

「川瀬に、なにを質問するんだ、俺たちの話に首を突っ込むな」

「まあ、俺たちですって、ごちそうさま」
「いいか、アネキの言うことなんか気にするな」

 香さんに気遣って、はいとは返事ができないから、愛想笑いとわかる笑顔を浮かべた。