体中が熱くなって、ふわふわ宙に浮いているみたい。顔はどっくんどっくん脈打ち熱い。

 堂々と優雅に歩く二人が、とても眩しい。

「完璧だ、こっちへ」
 カウンターの奥にエスコートしてくれる院長に、私の胸は強く強く鳴り響いて止まらない。

 笑顔の院長が椅子を引き、「どうぞ」と囁き、私を座らせてくれた。

「川瀬さん、緊張してない?」
 私の隣に座った香さんが、リラックスした笑顔で話しかけてくれるから微笑んだ。

「はい、院長がエスコートしてくださったので」

「え、この子が?」
 香さんが顔は私を見ながら、指先は右側に座っている院長に向けている。

「信じられない、明日はカラフルな雪が舞うわよ」
 ワクワクが体全体から溢れて弾む、上機嫌の香さんの満面の笑みを浮かべる。

「まだ時間はあるし、ゆっくりしていきましょう」
「川瀬、酔ったか? 顔が赤い」
 院長が上体を乗り出して、心配そうに聞いてくる。

「私、お邪魔かしら?」
 まん中に座る香さんが、うしろに背中を反らせる。

「川瀬の顔が赤く見えたから、照明かな」
 語気が強くなる院長に、今にも鼻歌を歌い出しそうな香さんの笑顔が弾む。

 院長がバーテンダーと軽く目を合わせ、香さんの方を見る。

「私はジンライム」
「ジンライムとブルー・ラグーンとキールで」

 香さんが、にやりと口角をほころばせ、バーテンダーが片方の眉を微かに上げて、微笑んで頷く。

 院長は、涼しい顔でポーカーフェイスを決め込んで、三人だけで意味深なの。

 秘密ずるいったら。

「ちょっと失礼、電話してくるわね」
 席を立った香さんが、院長の腰の右側を、ぐいと押して私の隣に座らせる。

 ちらりと院長を見たら、カウンターに両肘から手先までつけて覗くから、しっかりと目が合った。

 口もとには軽く微笑みを浮かべ、低い声をさらに低くして囁く。

「可愛い」
「ん?」
 BGMにかき消されてしまった言葉は、なんて言ったの?

 誰のオーダーとも聞かなかったのにバーテンダーが、院長のコースターにブルー・ラグーンっていうカクテルを、私のコースターにキールっていうカクテルを差し出した。

 それを見届けた院長が、私のサイドの髪の毛に鼻先があたるほど近くで囁いてくる。

「可愛い、これなら聞こえるよな」

 足先から腰から背中から、首筋がピリピリ痺れるような、くすぐったい変な気分。

 可愛いなんて院長も言うの? 酔ったの?

「美しい女性を連れて」
 話の続きがあるのか。

「これは他人に聞かれたら困る」
 だから、ふだんよりも低い声で話しかけてきたんだ。 

 ところで他人に聞かれたら困るって、どんな話なの?