固かった表情が緩んで優しく微笑んでくれる。
「自分のことも同時に深く愛せよ」
 優しさが溢れる目尻を下げて、柔らかな笑顔で微笑んでくれる。

「そこまで、人のことを深く愛せるんだから」
 弱々しく寂しい顔は笑顔なの? いつもは白いきれいな歯を見せて、笑っている海知先生なのに初めて見た。

 瞳は訴えるように、まっすぐに私を見つめ、動物以外の話なのに表情はいつになく真剣な表情に変わった。

 大きなため息をひとつ漏らして、唇を軽く噛みながら笑いかけてくれる。

「言葉が見つからないや」
 口角は上がって笑っているのに、眉は固く膨らませて厳しい目の複雑な表情は、まるでピエロみたい。

「いつもと違います。ねえ、海知先生」
 瞳を覗き込んだら、すっと左下に目をそらされて俯かれてしまった。

「この瞬間から、川瀬を応援することに決めたから」
 いつもの太陽みたいな、カラッとした笑顔で頷く。

「なんの応援ですか。いつも応援してくれてるじゃないですか。改まって、どうしたんですか」

「野暮な質問はやめてくれ。俺だって男だ、かっこつけさせてくれよ。さらっといこう、流せよ」

「おかしいですよ」
 ぽわんとした顔が一瞬、ほんの一瞬だけ、私を見て沈黙した。

「もう、やめようぜ」
 意力が底をついたみたいに、椅子にもたれかかり、笑顔を浮かべる横顔を見つめることしかできない。

 気になるけれど、これ以上は入っちゃいけないんだね。

 流れを変える海知先生が、メニューを持って目を落とす。

「川瀬も、まだ飲むだろ?」
「はい、カシスオレンジ」
「今さら可愛い子ぶってんじゃねぇよ。なに飲む? 真面目に」

「真面目に言いましたよ」
「冗談は低い顔面偏差値だけにしろ」
「口悪っ。米焼酎をロックで」
「それでこそ漢、川瀬だ」

 美形が崩れそうなくらい、愛嬌たっぷりな笑顔を向けてくる。

「このあいだ、院長に『高尾まで往診に行ってきます』って言ったら、『マカオ?』って。どこのセレブの往診だよ」

「院長、耳ひどい」
 おかしくて涙が出てきて、人目もはばからず大口を開けて笑っちゃう。

 そこからは、ずっと笑いっぱなしでお開きになった。

 帰りは海知先生がタクシーの運転手にお金を渡して、「さっさと行け」ってタクシーに詰め込まれたから、体ごとうしろを振り返り、ずっと見ていた。

 手を振る海知先生が見えなくなるまで。