「動物のことが心底好きだ。だから動物の命を救うために、日々努力を惜しまず最善を尽くす。決して最後まで諦めない」

 私も院長とおなじ気持ち。

「ただ動物の命が尽きるのは宿命で、どうしようもないことだ」

 子供を諭すような優しい目に、自分でも意外なほど冷静に院長の言葉を受け入れる。

 それから数分後、院長は休憩室をあとにした。見送った背中が、ひとりにしてくれって言っている。

 帰り際、一階の待機室の明かりが点いていた。
 きっと今日も文献に目を落として、問題解決に取り組んでいるんだ。

 ルントを助けてあげられなかった、自分ではどうにもならなかったって。

 病院を出て、電話をかける。
「海知先生、時間ください」
《なんだよ》
スタットコール(緊急館内放送)、すぐに、直ちに」
《わかった、行く》

 待ち合わせ場所だけ告げる。海知先生は、いつも理由も聞かずに駆けつけてくれる。 

 海知先生の口癖、『獣医師だから、そういう習性が身についてる。助けたい使命感に燃える』

 勤務中や緊急時以外の特別な理由がない限り、行かないわけにはいかない空気なんだって。

 待ち合わせ場所に着くと、すらりと長身の海知先生の、うしろ姿が目に入った。
 子どものように肩をすぼめながら抜き足でそっと近づく。あと一歩。

「おい」
 切れよく首だけ振り向いてきた。
「びっくりさせないでくださいよ」

「うしろから驚かそうとしてんの、わかってんだよ。お前には影ってもんがあるんだよ、覚えておけよ」

 それもそうだ、影でわかっちゃうか。

「こんな、人通りのない公園を待ち合わせ場所にすんなよ。俺は徹底したロマンチックな顔したイケメンなんだぞ、襲われたらどうしてくれるんだ」

 気持ちを察して笑わせてくれようと、いつもの調子で振る舞ってくれる。

「なんだよ、しけた顔して。お前は金欠病の銭形平次か」
コードイエロー(緊急事態発生)コードイエロー(緊急事態発生)

「お、次は緊急事態発生か。忙しいな、今回の九十九番はなんだ? 救急で相当強い電気ショックを受けたか? ここに」

 海知先生が、自分の心臓に親指を立てた瞬間、胸に飛び込んだ。

コードイエロー(緊急事態発生)コードイエロー(緊急事態発生)
「いったい、なにがあったんだ?」

 木々の草がさらさらと擦れる音が、わずかに聞こえるような静けさの中、黙って泣かせてくれる。

 哀しみや苦しみ、やるせない悔しさ、いろいろな感情が交り合う。
 どうしちゃったの? 自分でも戸惑うほど、心を持て余してしまう。