片手で保定をするみたいにシュピネを抱え、顎にはPHSを挟んでいるから駆け寄り、院長の手からシュピネを抱えてケージに入れた。

 おっと、なに。私の二の腕を掴んだ院長が軽く頭を下げた。
 急に二の腕なんか掴んできたから、びっくりする。お礼か。

「わかった、今行く」
 急患?
「缶詰めとドライが届いた。倉庫に運ぶから手伝ってくれ」
 二人で一階の受付に下りると、段ボール箱が二箱。

 シリンジや薬を棚に収めている香さんが、受付から顔だけ覗かせて「その段ボール、倉庫に持ってって」って。

 院長は、缶詰めの入った段ボール箱を軽く持ち上げ、悠々と先を歩いて行く。
 私のはドライだから見た目よりも軽い。軽いとは言っても肩から腕がちぎれそう。

「大丈夫か」
 歩きながら聞いてくる。まさか重いなんて言えない。
「大丈夫です」
 エレベーターで三階に行き、段ボールを下ろして腕を振っていた。重かった。

「ポケットから鍵を出してくれ」
「ええ?」
「両手が塞がっているんだ、早くしてくれ。それでなくても入院患畜の処置が遅れている」
「そう言っても、そんな。男性の」
 スクラブパンツ、薄いよ、恥ずかしくて無理。

「つべこべ言わないで、早くしろ」
「でも」
「よし、わかった。だったら両手を離す。三、二」
「はい、ただいま」
 カウントダウンに弱い私は即答。売り物の缶詰めが、どうにかなったら大変。

 一呼吸おいて、意を決した。

「失礼します」
 温もりがある奥へと恐る恐る手を入れるのは、土足で他人の部屋に入るような気分。

 温かい鍵に指先が触れ、つまんでゆっくりと引き上げる。
 どきどきしながら、ようやく鍵を出してドアを開けた。

「どうぞ、お入りください」
 歩を進めないから不思議に思い見ると、顔は真顔で缶詰めの棚を見ている。

「息を殺して。緊張したのか」
 私の緊張を、ふんと鼻で一笑して歩き始めて、缶詰めを棚に乗せた。

「早くしろ」
 自分だけ置いたと思ったら、手を差しのべることなく急かしてくる。

 “俺が代わるよ、貸してみろ”とかって言葉は出てこないんだ。
 女心にも無頓着発揮。わかっていますよ、置きますったら。

 棚が腰よりも高い位置だから、置くときに体中の筋という筋が伸び切っちゃうかと思った。

「小川さんでは、ずいぶん甘やかされていたんだな。段ボール箱を持ったまま、突っ立って」
 違う。棚に乗せようとして、体が突っ張っていたのに決めつけないでよ。

「最初に言ったことを忘れたのか」
 じっと見つめる冷静な顔は鼻も動かさず、淡々とした口調で言葉をつづける。

「蝶よ花よのお姫さま扱いだった小川さんと、うちは違う。よく覚えておけ」
 小川にいた二年間で、そこまで言われるほど甘い扱いなんかされていない。

 “体育会系でしたよ”って言葉を飲み込んで、納得がいかないまま、これが社会人だと見本のように謝った。

 わかった。もう二度と院長に、こんなの言わせない。
 すべて、自分でやってやる。