にこにこせずにはいられない嬉しさが、顔いっぱいに広がった。

「その笑顔だと思う。ただでさえ大きな黒目が、さらに大きく開いて、きらきら光っている。嬉しくてたまらないんだな」

 幸せをかき集めたみたいな笑顔で見つめられた。

 どうしよう、心が落ち着いている状態って、どんな感じだったっけ。記憶が飛んで忘れちゃった。

 心臓は激しく波打ち、どきどきはちっとも鎮まってくれない。

「ウサギ」
 心が宙に浮かんで、ふわふわ舞っているみたい。体ごとそよ風にもっていかれそうに揺れる。

「ウサギがどうした?」
「描いてください、ここに」
 土の上を指さして、細い枝を渡した。

「ウサギの絵を?」
「はい」
 院長がウサギやモルモットの足跡がついた土を(なら)して、枝を流すようにしてさらさらと描いた。

「わあ、ありがとうございます。本当に上手ですよね。このあいだの患畜の絵も上手でした。丸くて可愛い。貸してください」
 院長から枝を受け取り、首にリボンを描いた。

「とっても可愛いのに、もっと可愛くなりました」
「そうだな」
「あとは、これ」
 バックは海に太陽とヨット、ウサギの体には縞模様を描いた。

 絵を見た院長が、ゆっくりと顔を上げた。

 まるで雷に打たれたような、狐につままれたような顔で、ぽかんと私と絵を交互にゆっくりと眺めている。
 
 思わず言葉も息も飲み込んだように、私の顔を凝視している。

 院長を見ていたら息の根が止まりそうで、思わず息を飲み込んだ。

 なにかに驚いている。深い驚きを吐き出すように、ようやく院長がため息をついた。

 いつも冷静なのに、あんなに驚いた院長の顔は初めて見た。どうしてそんなに驚いたの?

「どうしたんですか」
「うん」
 自分に言い聞かせるみたいに頷いている。

 院長も、『うん』なんて言うんだ。素に戻ったのかな、可愛い。

「なぜ、そのバックなんだ?」
 そんなに真剣な顔で聞くことなの?
「ウサギは月だけじゃなくて、太陽も好きだと思います。太陽だから海とヨットです」
「ウサギの体の縞模様は、なぜだ?」

 院長が呟いたあと左上に視線を向けて、なにかを考えているみたい。

「波。そうだ、波だ」
 ゆったりとした口調で確認するように、二度も呟いた。

「波で当たりです」
 なにか、どうかしたのかな。
「とんでもなく個性的で斬新な絵を描くんだな。この絵は一度見たら、一生忘れられない」
 個性的で斬新か、だから驚いたんだね。

「思う存分、遊んだか」
「はい。ありがとうございます、満足です」
「よかった。行くか」
「はい」

 先に歩いていた院長が振り返った。見せた顔は、もうさっきの雷に打たれたような顔じゃない。

 いつもの微笑みよりも、いっそう深い笑みを浮かべるから、心がほのかに温まって嬉しさのあまり、私も満面の笑みを浮かべた。