「ノインやフェーダーや大恩は、俺の体に触れながら寝ると安心するようで、くっつかれるのは慣れている」

「取り合いになりそうですね」
「両脇と、あいだ」
 立てた長い両脚の膝を、軽く左右に動かした。

「うまく収まる」
「満席で、しばらく空きがないですね」
「発想がユニークだ。ほら、水分補給をしっかりと」
 ペットボトルを手渡された。

「ありがとうございます」
 二、三十分も眠っていたらしい。
「そろそろ行くか」
「はい」
 二人で立ち上がり、レジャーシートの両端を持った。

 子どもたちとじゃれていた、お隣のシートのご婦人が私に声をかけてきた。

「あなたの彼氏、優しいわね。あなたが寝てるあいだ、あなたの頭の上の辺りに手をかざして、ずっと日射しからあなたを守ってたわよ」

「え、そうだったんですか」
「あなたが船を漕げば、倒れないように自分の方に引き寄せて」
 頭を肩に抱き寄せるしぐさで説明してくれる。

「羨ましいわ。あんな優しい人はいないわよ、大切にしなさい」
「ありがとうございます」

 ご婦人は言いたいことを言ったら、気が済んだみたいで戻って行った。

 私ったら、お礼を言っちゃうとか。院長と私は、そういう関係じゃないのに。

「どうした?」
 すぐ隣から、声が頭上に降ってきたから、肩先がぴくんと上がった。

「近くて、びっくりした」
「レジャーシートをたたんでいるんだから近づくだろう。なにかクレームを言われたのか」

「いいえ」
「本当だな?」
「はい」

「暑かったのか、大丈夫か?」
 凄く心配な顔で、長身を折りたたむようにして覗き込んでくる。

「大丈夫です」
 顔がどくんどくん熱くて、赤く火照っているのが自分でもわかる。

 私の答えに安心したようで、たたんだシートを荷物に収めている。

「さっきより、ずいぶん荷物が軽くなった。相当、張りきってお弁当を作ったんだな、ありがとう」

 先を歩く院長が、前を向いたまま話しかけてきた。

「とんでもないです」
 顔いっぱいに笑顔を広げながら、小走りで追いつき隣に並んだ。

 ゆったりとした日曜日の午後。来場者が増えたみたい。

 リスザルやオウムのエリアを通りすぎて、緩やかな坂を下って行ったら見えて来た。

 細い丸太の柵も案内の矢印も昔のまま。子どものころに戻ったみたい。

 あのときのお父さんやママやお兄ちゃんや私が、今にも飛び出してきそう。

 院長が二重扉を開けて、先に通してくれた。
「わあ、モルモットとウサギがいっぱい、院長」
 振り返ったら、表情は羽毛のように軽く微笑んで白い歯を見せた。