「勝った特権をフルに行使していいのに、(かえ)ってこんなにおいしいお弁当をありがとう。ごちそうさま、お腹がいっぱいだ」

「よかったです。初めてお弁当を作って、初めて褒められました」
「初めて手作りのお弁当を食べて、初めて褒めた」

「お互いに初めて尽くしですね」
「俺の言ったことを信じたか」
「はい。手作りのお弁当は、私が初めてなんですよね」
「そうだ」

 人生モテモテで生きてきていそうな、院長みたいな人でも初めてなんだ。嬉しいって言いたいな。

 恥ずかしくてスカートの裾をいたずらしながら、やっと言葉にできた。
「とっても嬉しい」
「ありがとう」
 
 きゃあああ、俯いているから院長の顔は見えないけれど、声は優しかった。きっと満面の笑みで微笑んでくれたに違いない。

 嬉しくてワクワクして、心が弾んで飛んでいっちゃいそう。

「院長」
「少し休憩してからだ」
「どうしてわかったんですか」
「モルモットやウサギに逢いたいんだろう」
「当たりです」

「せっかち。食後は、しっかりと休まないとお腹が痛くなるぞ」
「はい」

「休まないと連れて行かない」
「ちゃんということ聞きます」
「常にそうであれ、わかったな」

 顔も上げずに、後片付けをしながら笑っている。

「行くなと言っても行く、するなと言ってもする」
ぼそっと呟きながら、手を動かす院長が、あっという間にレジャーシートの上を片付けた。

「ありがとうございます」
「たっぷりとごちそうになった、片付けをするのは当たり前だ」

 ぶっきらぼうなのは、淡々と素早く動いているからなのかな。
 別に悪気はないみたいで、いつも、してくれることは優しい。

 スカートに気をつけて、体育座りをした。

「膝にかけろ」

 ぽつりと呟いたかと思ったら、着ていたグレーのシャツを手渡されたから、ぽかんと見てしまった。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 飄々と答える院長は、両手をうしろにつき両脚を立てて、何事もなかったように座っている。

 ジャストサイズの白いTシャツ姿が、院長の体にフィットして輪郭を美しく際立たせ、肩から二の腕の筋肉が逞しく盛り上がっている。
 
 特になにを話すわけでもなく、ただ座っているだけでも安らげてリラックスできる。院長の隣は無言が苦にならない。

 目を瞑れば、木々の揺れる音や走り回る子どもたちの声や、人々の笑い声がBGMみたいに耳に入ってくる。

 私のところだけ、ゆったりと時間が流れているみたいで心地いい。

 脚がぴくんと波打ち、体がびくんと飛び跳ねたから驚いて隣を見た。

「おはよう」
 今にも吹き出しそうな顔が見守っている。

「朝が早かったから疲れたんだろう」
「もしかして、私、眠ってましたか」

「よく寝ていた。気持ちよさそうに、ずっと寄りかかって」
 見たら、院長のTシャツがずれて、肩があらわ。

「相変わらず寝つきがいい」

「すみません、くっつかれて暑かったですよね。それに重かったですよね、肩が痺れてませんか」

「なんともない」

 寄りかかられて動けなくて、ずっとじっと動けないなんて、暑いし姿勢を保つのもきつかったよね。