「院長は手作りのお弁当は初めてですか」
「ああ」
「院長が? 信じられない、本当ですか」
「本当だ」

「もしかして手作りお弁当が苦手だから、今まで断ってきたんですか」
 首を横に振った。

「苦手ではない、断ったこともない。なぜなら、川瀬が初めてだからだ」  

「今までの相手の方は、料理が苦手な方々ばかりだったとか」
 首を横に振った。

「確信するまでが長いな。歴代の相手を探るのは、鎌をかけているのか」
「いいえ、別にそういうわけじゃなくて」 

 院長の言葉で、必死に探りを入れている自分に気づいて、気持ちを悟られたくなくて、明後日の方向に視線を向けた。

「反応がわかりやすい気の強さだ。言っただろう、川瀬が初めてだ」

 視線をちらりと戻したら、だし巻き玉子を頬張った頬が緩んでいる。

「毒味が済んだから、どうぞ」
「毒味じゃないですったら」 

「とてもおいしい、早く食べた方がいい。さもないと、俺がすべて食べてしまう」
「いただきます」

 朝早く起きて作ってよかった。あれもこれもおいしいって、お箸が休む間もなく嬉しそうに食べてくれる。

 ふとしたときに空を見上げた。お父さん、初めて男の人にお弁当を作ったの。

 小さなころはママのお手伝いで、お父さんのお弁当は作ったけれど、今日はお手伝いじゃない。

 おいしいって食べてもらえて、とっても嬉しい。お父さんにも食べさせたかったな。

 ママは、こういう気持ちでお父さんにお弁当を作っていたのかな?
 ママの気持ちがわかる気がする。

 お父さんは、ずっと幸せでしょ。ママに愛されて、お父さんって幸せ者だね。

「どうした?」
「私もね、今日もとっても幸せな気分なの」
「それは、なにより」

 淡々とした口調で何個目かの煮込みハンバーグを口に運びながら、私の顔をじっと見ている。

 やだ、お父さんと話していると思って、院長に答えちゃった。

「あのですね、空のお父さんも幸せで、私も幸せなんです」
「俺もだ」

 頬を丸く膨らませ、プチトマトを食べる顔が可愛すぎる。院長も幸せなの?

「あちらのご夫婦も、あのご家族も、ずっと向こうのお二人も、誰もがみんな幸せだ」

 みんなの満開の笑顔が、嬉しいよ楽しいよ幸せだよって。院長の言う通り、みんな幸せだね。

 みんなの笑顔をゆっくりと見渡して、目の前に視線を向けたら、一番幸せそうな優しい笑顔の瞳と視線が交わった。

「ひとりより院長と食べると、もっとおいしいです」
 同意のしるしみたいに、院長の瞼がゆっくりと一度、瞬いた。