「ハッピーの命を救ってくれたのは莉沙ちゃんです。僕らは手助けをしただけです、僕らも莉沙ちゃんに感謝しています」

 本当にそう。莉沙ちゃんのおかげで、今の幸せなハッピーがいる。

「ありがとうございます」
 院長の言葉を追いかけるように、感謝の気持ちを伝えた。

「莉沙ちゃん、ありがとう」
 また二人の声が揃い、莉沙ちゃんの頭を撫でる手までが重なり合った。

「あっ」
 小さな声が漏れ、思わず手を引っ込めた。

「ねえ、お兄ちゃん見て。先生とお姉ちゃんの顔が赤いよ、好きなんでしょ」

 私の慌てぶりが滑稽に思えちゃうような、莉沙ちゃんの無邪気な笑顔を見ていると恥ずかしくなって、よけいに顔が熱くなる。

 周りの風景が止まったように、じっと私を見つめている院長の優しい瞳が、黒目がちになったのが眩しくて、とても正気ではいられない。

 胸のどきどきが激しさを増していき、心がかき乱されたから、つい目をそらして俯いた。

 この心の揺れ動きは、いったいなんなの?
 いつも目をそらして俯く院長の気持ちは、今の私の気持ちとおなじなの?

 まさかね。私の心の動揺もまさかだよね。

 莉沙ちゃんたちを見送ったあとは、にぎやかさが消え、穏やかな空気に包まれている。
 ハッピーとの、いろいろなできごとが頭の中に浮かぶ。

「お疲れ様です、無事にハッピーのお母さんの務めを果たしましたね」
「川瀬もだ、いっしょにありがとう、お疲れ様」

「いいえ、とんでもない。毎日、お疲れ様でした。莉沙ちゃんちのご家族が仲良しで、ハッピーは幸せですね」

 今日、ハッピーは莉沙ちゃんちの一員になった。文字通り、ハッピーは私たちに幸せをもたらしてくれた。

「落ち着くところに落ち着いて安心した、よかった」
 心鎮まる空気が流れる中、院長が一言話したら、黙ったまま見ているから気恥ずかしい。

「失礼します」
 頭を下げ、くるりと背中を向けかけたら呼び止められた。

「明日。明日、十一時に迎えに行く」
 突然なに。ぽかんと考えていたら、院長が親指でうしろを指さした。
「明日」

 行き先がわかった。
「はい」
 顔全体が口みたいな大きな笑顔で、弾む私の心が嬉しいよって叫んだ。

「明日、よろしくお願いします」
 わくわくを抑えても抑えても、微笑がこみ上げてくる。

 急いで帰り支度をして、スーパーに寄ってお弁当の食材を買って帰宅した。

 夕食が済み、お風呂にも入った。

 そのあとはドゥドゥのことがあって、犬が雷を怖れることについての勉強をしようと机に向かうけれど、明日のことが嬉しくて勉強に集中できない。

 今夜は、お弁当の盛り付けや作る順番を考える方がいいみたい。

 ベッドに入ってみても、胸はどきどきしているし、頭は冴えているし眠いのに眠れない。

 明日のために早く眠らないといけないのに。