院長の後ろについて階段を上がり、入院室に入った途端に院長を追い抜き、真っ先にルカのもとへ駆け寄る。

「ルカ、おはよう。寒くないよね? 昨日、温度調節して帰ったもんね」

 愛しいルカが、私の顔を見て喉を鳴らして、“話を聞いているよ”って感じで、瞬きをしている。

 ぐるぐる言っているの。あとでご飯食べよう、それまで待っててね。

「患畜の世話が終わったら、ルカに強制給餌してもいいですか」
「ルカの様子を見ながら、ルカのことを考えてあげてくれ」

 元気な声で返事をした笑顔の私とは対照的に、院長の厳しい顔から発せられる低い声が気にかかる。

「いいんですよね?」
 気になって確認した。口を一文字に結ぶ院長が浅く頷く。
 院長から見ると、私はルカの気持ちを汲み取れていないのかな。

 気づくと無意識に首を傾げて、眉間にしわが寄っちゃっていた。
 これじゃダメ、ルカに笑顔を見せなくちゃ。

 どこか自分のやることに自信が持てなくなってきて、控えめに強制給餌を施す。
 ねえルカ、あなたにとって、私の行為は大きなお世話なの?

「ルカ、室温は大丈夫よね、心地いいよね。外は暑いの」
 九月だっていうのに暑さ厳しい毎日。

 来院するオーナーも暑い中、患畜を連れ出したくなくて外来予約が朝と夕方に集中する。

 さっき、朝の予約状況を見て来たら、午前中も集中して埋まっていた。

 ちょうど暑い時間帯が昼休みっていうのが救い。
 オーナーも患畜も秋バテになっちゃったら大変。

 今日も大幅に外来予約がずれ込み、夕方の患畜の世話や入院患畜の処置が遅くなりそうな予感。

 仕方ないね、オーナーだって患畜だって日中は暑いんだもん。
 無理して熱中症になったら、元も子もない。

 やっぱり夕方は外来が忙しくなって、入院患畜の世話が遅くなった。

 入院患畜の様子を見ながら、ルカに声をかけて撫でると耳を動かして目を細める。

「答えてくれてるのね、ルカは聞いてるよね」
 つい数日前までは箱座りでリラックスしていたのに、座るのも少なくなってきた。

「ルカ、いい子ね」
 顔を見ると喉を鳴らし、撫でるとさらに大きく鳴らすから可愛い。
 元気になろうね。ルカに、また外の景色を見せてあげたい。

「保定いいか」
 処置のための指示が飛ぶ。

「先に腹帯の交換。シュピネを連れて来てくれ」
 アメショーの九歳、シュピネに声をかけながら保定した。

「シュピネ、いい子だったね、終わったよ。さあ、行こう」

 院長がシュピネを抱き、ケージに戻しているあいだに診察台の消毒をする。

 PHSが鳴った。院長の着信音だ。