恋愛に無関心の院長が恋に落ちるわけがない

「ドゥドゥ」
 いっせいに数十個の人々の瞳に見つめられ、圧倒されながらも目を凝らす。

 輪の中の人と人をかき分け、屈託ない笑顔で私を見ている。
 あの顔は間違いなくドゥドゥ。

「ドゥドゥ」

 もう一度呼ぶと、これ以上ないような笑顔で白い毛をなびかせながら、ばほばほと音がしそうな勢いで走って来た。

 私ったら、なんてことをしちゃったの。道で犬を呼ぶなんて。しかも人間大好き、陽気な性質のドゥドゥを。

 ドゥドゥや人にケガをさせる恐れがあるのに。馬鹿だ、こんな初歩的なミスをするなんて。

 しゃがむとドゥドゥが体当たりしながら体を擦り寄せてきて、仰向けになってお腹を見せた。

「ドゥドゥ、汚れるから起きてよ。大変! ノーリードじゃないの。オーナーは? あなた、ここでなにしてるの?」
 辺りを見渡してもオーナーらしき人がいない。

「ドゥドゥ、とりあえず大好きな病院に行こう。探してるはずだから、オーナーに連絡しよう」

 パニックにならないで、よく平気でいられる。リードがないから首輪を握り、腰を屈めて引いて行く。

 表の入口から入ると、香さんが驚いた顔で私とドゥドゥを交互に見て、ぽかんとしている。

「あなたたち、いったいなにしてるの?」
 じたばたするドゥドゥを落ち着かせながら、事情を説明した。

「だからオーナーに連絡をお願いします」と最後に一言添えて。香さんにリードと食器とお水とタオルをお願いした。

 事故に遭わずに無事でよかった。
 そりを引く犬種だから、とにかくパワーがある。

「のんきな顔しちゃって。あなた、悪いってわかってる?」
 私は舌がへえへえ出るほど疲れたよ。

「おまたせ」
 ドゥドゥったら香さんに抱きついて、べろんべろんに舐めるから、香さんがメイクが落ちると本気で半べそをかく。

 リードを装着して確保したから、これで大丈夫。安心感から腰から落ちそう。あああ、心身ともに疲れた。

 私はサモエドやハスキー系統の犬を飼うのは無理。
 特に若いオス犬の引く力の強さといったら、引きずられそうな凄さについていけない。

「ドゥドゥ、座れ」
 低い声で命令すると素直に従い、おとなしく座った。アイコンタクトもできるんだ。

 や、大型犬で一歳すぎなんだから、できてくれないと困る。

「待て」
 はち切れんばかりに尻尾を振って、じっと私の顔を仰ぎ見て待っている。可愛い、待ちきれないよね。

「よし」
 ばしゃばしゃと水遊びみたいな音をたてながら、あっという間に飲み干した。

「きれいに飲んだね」
 タオルで顔の周りを拭いたら、気持ちよさそうにドゥドゥが笑った。

「昨夜の雷、凄い音がしたでしょ。ドゥドゥは雷が苦手で脱走したそうよ」
 香さんが受付のカウンター越しに教えてくれた。