莉沙ちゃんから院長に視線を移したら、目と目が合ったのに視線を下にそらされた。

「お姉ちゃんって、お寝坊さんね。先生は莉沙の言うこと聞いてくれて、お姉ちゃんのこと三回も起こしに行ってくれたんだよ」

「三回?」
「うん。三回目は、どうしても起こしてきてって言ったの」
 莉沙ちゃんの体に絡めていた右手が、無意識に髪と頬にふたたび触れた。

 目を流すように院長に視線を向けたら、私を見ていたようなのに俯いた。

「お姉ちゃん」
 私の右手を握った莉沙ちゃんが、自分の体に私の右手を絡めた。
 ずいぶん甘えん坊さんで可愛いの。

「先生、どうして顔が赤いの?」
 きょとんとした不思議そうな瞳が、院長に集中している。

「暑いんだ、おとなは暑いんだ」
 院長にしては珍しく、よくわからないことを言い出した。

「お姉ちゃんも暑い? おとなでしょ」
「ん? 私も? うん暑い、暑いの」
 暑くないけれど、無意識に院長に合わせた。

「先生」
「なに?」
 優しく小首を傾げて、莉沙ちゃんの言葉を待っている。

「好きだから赤いんでしょ」
「なにがかな」
「好きだと赤くなるって、お兄ちゃんが言ってた」
「莉沙ちゃんをね」
「そう、先生は莉沙が好きだもんね」
「ああ、そうだよ」

 おお、びっくりした。話の展開にふだんは、かかない汗が吹き出しそう。

 院長は汗びっしょりで、スクラブの色が濃くなりそう。

「莉沙ちゃん、またハッピー抱っこする?」
「うん、先生も手を洗って」
「しっかりした子だ」
 私に、ぼそっと囁いてきた。

「ですね。私も洗おう」
 三つあるオペ用の洗面所で手を洗った。

 ハッピーの症状はほとんどなくなったし、じゃれるまでに元気に回復して、もう飼い主を探してもいい段階まできたみたい。

 院長が莉沙ちゃんの目線に合わせて、さりげなくしゃがんだ。

「莉沙ちゃん、先生のお話を聞いてくれる? 大切なお話なんだ」

 瞳も口調も優しいけれど、院長の声のトーンに莉沙ちゃんが緊張気味に頷くから、しゃがんで莉沙ちゃんを抱き締めた。

「ハッピーは元気になった。莉沙ちゃんに家族がいるように、先生はハッピーにもそろそろ家族を作ってあげたいんだ。莉沙ちゃんは、どう思う?」

「ハッピーとお別れなの? 哀しい」
 今にも泣き出しそうな瞳が揺れているから、莉沙ちゃんに話しかけた。

「哀しいね。でも院長は一生懸命に考えてくれて、莉沙ちゃんもハッピーも幸せにしてくれるから大丈夫よ。だってハッピーは幸せって意味だもん」

 きらきらした瞳がゆっくりと瞬き、チェシャムーンのような笑顔を浮かべた。